CCS特集:総論

実験科学者に浸透へ、巨大市場姿をあらわす

 1992.05.17−化学の研究活動を支援するCCS(コンピューターケミストリーシステム)市場は急速に成長しつつあり、とくに米国では普及が第2段階に進んできている。これまでは主に計算化学者や理論化学者が対象であったが、米国CCSベンダーはいま、なだれをうって実験化学者をターゲットとした新市場へ向かいつつある。これにより、現在の100倍ともいわれる巨大市場が姿を現わすというのだ。米国では、基礎化学研究においてすでにCCSは不可欠の存在だ。しかし、実験家にとってはまだそれほど必要性を感じないものといえる。この領域にシステムを普及させるには低価格と使い易さがカギになる。米国ではベンチケミスト(実験化学者)向けと称した新しいシステムの登場が、最近とくに目立つようになってきた。一方の日本市場はまだそこまでの段階を迎えていない。米国の現状に追い付くためには、ユーザー側の意識改革が重要になろう。例えば、この分野で最も進んでいるといわれる米国デュポン社は、CCS関連のハード/ソフトの導入・利用に年間100億円近くもの予算を計上しているのである。導入効果や必要性を論じるのも結構だが、かたやこれだけの巨費を投じて利用に取り組んでいる企業があることを忘れることはできない。日本の現状ではこの数%でさえ投資するのは困難かもしれないが、このままでは米国との差は永遠に縮まらない。

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 CCS市場は今やブーム的な様相を呈しているといえるかもしれない。市場やテクノロジーには、一過性のブームで終わってしまうものと、しっかりと根をおろして広範囲に普及していくものとの2種類がある。ブームで終わる技術は必要性がなかったからであって、本当に必要で有効なものが消え去るはずがない。CCSはこのどちらなのだろうか。

 米国でこのほど、最後の大物ともいえるベンダーがCCS市場に新規参入した。パーソナルCADシステムの世界最大手、オートデスク社である。かつて、CADにも現在のCCSと同様のブームがあり、必要論や不要論が戦わされた時期があった。諸説あったが、必要だったがために広範に普及したのは、今日の状況をみればわかる通りである。オートデスク社は、CAD市場の発展経過をCCS市場になぞらえ、プライスダウンによってCADをマスマーケット化させたのと同じことができれば、CCSビジネスは劇的な変革を遂げるだろうとみている。CCSは、コンピューター市場全体の成長率を2−3倍上回る年率30−40%で伸びており、1994年には市場規模が10億ドルを越えるというのである。

 市場規模についての見方は米国でもさまざまで、CACheサイエンティフィック社はもう少し低めに見積もっている。同社はグラフィックスシステムの大手、テクトロニクス社がこの事業を本格展開するために新しく設立したベンダーである。同社はまず、現在の理論化学者相手の市場はポテンシャルマーケットの1%に満たないと主張する。今後、実験化学者がシステムを利用し始めることにより、市場性が一気に拡大すると予測する。

 同社の見方では、ワークステーションベースでの現在の市場規模は5,000万ドル。この半分以上がソフトウエアの市場である。今後数年間は年率30%以上で成長し、1995年に1億5,000万ドル、2000年には5億ドルに達する。この時には、約60万人の化学者または関連科学者が販売対象になるという。今後20年以内に市場規模が10億ドルを突破するとみている。

 次に、アバディーングループと称する調査会社のレポートである。1991年に出されたものだが、これによると1990年の市場規模を1億7,000万ドルと見積もっている。さらに、1992年は3億3,200万ドル、1994年に5億8,500万ドル、1996年には9億4,800万ドルと10億ドル規模の市場に成長すると予測されている。

 いずれにしても、潜在市場としては10億ドル、つまり日本的にいえば1,000億円市場にまで成長する可能性を秘めていると考えられているのである。

 一方の日本市場については、本紙ではソフトウエアで30−50億円の規模と推定している。伸び率は米国ほどではない。とくに今年は景気後退の影響で国内ベンダー各社にとって苦しい1年になりそうだ。目立った落ち込みはないものの、停滞気味の様相を呈している。米国ベンダーは、低価格化を軸に実験化学市場を攻略することにより、市場のブレイクスルーを達成しようとしているが、日本の現状ではやや難しいところ。まだそこまで成熟していない。

 日本のユーザーは、CCSの必要性・有効性を推し量りかねている段階だといえよう。しかし、米国での普及の現状をみていると、これは単なるブームではなく、その必要性・有効性は明らかだと思われる。いま、決断して、技術を蓄積していかないと、米国との差は開く一方になる恐れがある。まずCCSに対する認識をもっと高める必要があろう。その上で、導入すべきかどうかではなく、いかに利用していくかを真剣に論議する局面にきているといえそうだ。

 デュポンはCCS関連に年間100億円近い予算をつぎ込んでいる。CCSの導入・利用の面で世界のリーダー的存在であり、ある意味で比較にならないかもしれない。実際、これもケタ外れの額である。しかし、せめてこの何割か程度は投資すべきだといえないだろうか。