1992年秋CCS特集第1部:座談会紙上参加、住友化学・吉田元二氏

CCSの使い方では欧米と格差なし、実験の蓄積がない分野ではCCSが重要

 1992.10.30−日本のCCS技術は欧米、とくに米国に比べて遅れをとっているようにいわれていますが、私は必ずしもそうは感じていません。確かに米国では新しい研究成果などがどんどん発表されます。しかし、そのほとんどは一般論に過ぎないのではないでしょうか。実際の開発レベルで役立っている場合、それはまさに進行中の研究ですので、外部に発表することはできません。

 一方、ビジネスとしてソフトをつくるという点からみれば、米国に遅れをとっているのは事実です。ただ、日本でも米国と同じ(米国製の)ソフトを使っているわけですから、利用レベルということでは決して負けていないと考えています。いかに本質をつかまえたモデル化をするか、計算結果をどう解釈するかが肝心であり、ここをしっかりさせていないと、同じソフトを使っても実際の研究には大きな格差がついてしまうわけです。つまりCCSは“道具”なんですよね。この道具の使い方では、日本企業もいい線をいっているのではないでしょうか。

 当社がCCSに取り組みはじめて10年ほど経ちましたが、いま我々のところには30数名のCCS専任スタッフがいます。他の大手化学企業も10数名の専任を置いています。これだけの人員をCCS研究に張り付けていること自体が、実際の研究開発に役立ちはじめているという証左だと思っています。当社ではどの程度が適正人数かわかりませんが、将来は50名程度まで拡充できればと考えています。

 当社では、研究開発全体を事業部テーマ、先端技術テーマ、基盤技術テーマの3つに分けて進めていますが、CCSは基盤技術テーマの中に組み入れられており、そういう意味からもオーソライズされた研究テーマといえます。また、当研究所では新規素材を開発するに当たって、“実験”、“分析”、“計算”の3つの柱をバランスよく駆使することを理念としています。それぞれから生み出された知見をうまく融合させることが重要です。3つを合わせてはじめて本当の意味での分子設計、材料設計が可能になるのではないでしょうか。

 先ほど30数名のスタッフを配置しているといいましたが、この筑波研究所の計算機化学研究室をはじめとして各地の研究所に分散しています。これは、研究現場と一緒になって取り組んでいかなければならない問題がたくさんあるからです。このため、CCS担当者同士のコミュニケーションには気をつかっており、2ヵ月に一度はさまざまなテーマについて話し合ったり、年に2回の研究発表会を開いたりしています。

 今後、CCSをもう一段発展させていくためには、大学教育がポイントになると思いますね。コンピューターケミストという専門家の教育がぜひとも必要です。材料化学も計算化学も同時に修得できるような講座開設が必要でしょう。

 また、その道の優秀な研究者ほどコンピューターを敬遠しがちです。とくに過去に実験をたくさんやられ、素晴らしい成果をあげてこられた方はやはり実験至上主義ですね。機械的特性などが主な問題になる汎用ポリマーの開発なら、実験主義でもいいかもしれません。しかし、電子レベルでの機能性が重要になる機能性ポリマーなどの開発にはCCSを利用していく、つまり実験での蓄積がない領域ではどんどんCCSを応用していければと思っています。

 それと、計算化学で得られる分子レベルのいわゆるミクロな情報と、実験で得られたマクロな情報をいかに結び付けていくかも重要なことです。いまは構造活性相関のようなことで橋渡しをやっていますが、最近の研究では分子動力学法で解析した情報に統計的処理を加えることにより、物性/物理量が出てくることが明らかになりました。個人的には、分子動力学法を今後もっと積極的に利用していきたいです。

 コンピューターが速くなれば多くの化学現象が解明できるようになるでしょう。その意味では、スーパーコンピューターよりも速い超並列機に期待しています。コンピューターケミストとして育ってきた若い人が第一線に立ち、それと軌を一にして超並列機が普及してくれば、21世紀にはCCSは大きく花開くと信じます。