クレイ・リサーチが最先端の計算化学理論を適用するACTプロジェクト

UNICHEM最新版に新機能搭載、スーパーコンの優位性を訴求

 1992.12.09−スーパーコンピューター最大手の米国クレイ・リサーチ社は、このほど“ACT”(アドバンスト・ケミストリー・テクノロジー)プロジェクトを打ち出した。スーパーコンピューターではじめて実現可能となる最先端のCCS(コンピューターケミストリーシステム)ソフトウエアを開発、来春製品化する予定の「UNICHEMバージョン2」(商品名)に盛り込む。計算化学理論として、密度汎関数法(DFT)を大幅に拡張し、計算速度と解析精度を飛躍的に高めるとともに、商用システムとして初めて量子分子動力学法を提供する。最近のRISC(縮小命令セットコンピューター)プロセッサーの急速な性能向上により、かつてはスーパーコンならではだったCCSの多くがワークステーション上で利用可能になりつつある。今回のACTプロジェクトは、あえて複雑な化学計算の商用化に挑戦することで、スーパーコンの存在意義を強調する狙いがある。先端的な研究活動のためには、依然スーパーコンが不可欠であることを訴えていく。

 「UNICHEM」は、実際に化学産業界の意見を取り入れてコンソーシアム形式で開発されている統合分子設計支援システムで、バージョン1は今年4月にリリースされた。クレイY-MPシリーズとIRIS-4Dワークステーションとの分散コンピューティング環境で動作し、主に分子軌道法に関したシミュレーションと可視化の機能をもっている。

 ACTプロジェクトに関連する新機能は、今年末で終了する第2期UNICHEMコンソーシアム(デュポン、イーライリリー、エクソンリサーチ、住友化学工業、旭化成が加盟)で審議されたもので、ポイントは2つ。

 1つは、非経験的分子軌道法の一種であるDFTの強化。量子力学では自然現象を2次微分方程式で表現するが、この方程式を解析的に解く(解を式の形で記述)のはきわめて困難であり、一般には数値的に解いている。UNICHEM2ではこれを解析的に解く手法を初めて実用システム化した。数値的な誤差を大幅に減らせるため、計算精度が飛躍的に高まる。また、計算速度自体も10−50倍高速化されるという。とくに振動計算が高度化され、材料の非線形光学的特性のシミュレーションが可能になるほか、遷移状態の探索も容易になるので、化学反応のメカニズム解明にも役立つ。

 さらにDFTでは、有効内殻ポテンシャル(ECP)が組み入れられており、プラチナや金、タングステンなどの重い金属でも計算可能となった。これらは電子の数が多いため、第一原理的には計算不能であり、しかも質量があるので相対論的効果も無視できないという厄介なものだった。

 一方、2つ目のポイントは量子分子動力学法の導入。一般の分子動力学法では経験的な力場を使用するため、現実の系で実際に起こっている原子間の結合の生成・消滅といった現象を考慮できない。これに対し、量子分子動力学法は各原子に働く力場のすべてを量子力学的に計算し、それに基づいて分子動力学シミュレーションを実行する手法であり、計算精度がきわめて高い。

 酵素反応などをうまく再現できるほか、溶媒効果を入れた分子軌道法計算などにも応用できる。

 クレイ社では「UNICHEM」を化学アプリケーションハブ(中心軸)と位置付けており、バージョン2からは他社ソフトやユーザープログラムを自由にインテグレーションするための「アタッチャーズ・ツールキット」も提供していく。