CCS特集:序文

 1999.03.20−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・農薬、遺伝子・バイオテクノロジー、ポリマー、触媒、結晶、半導体、液晶、電子・磁性・光学材料、各種機能素材など、広く“化学技術”の応用分野の研究開発を支援するコンピューターシステムで、化学物質のデータベースからコンピューターシミュレーションまでさまざまなシステムが市場をにぎわせている。CCSのアプリケーションは大きく医薬分野と材料分野に分かれるが、もともと有機低分子化合物を中心とする医薬分野での応用の歴史が長く、コンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)やジェノミックス/バイオインフォマティクスなど創薬研究手法のニューウエーブの台頭にともない、その研究活動を具体的に支援するシステムが人気を集めている。一方の材料分野は、現状では計算で扱うには荷が重い問題を多数含んでいるため、研究段階を十分に脱するものではないが、逆に言えば今後の理論の進歩が期待できるところ。今回のCCS特集では、各アプリケーション分野におけるCCSベンダー各社の戦略を探っていく。

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モデリング/計算化学関連:

 分子モデリングシステムは、分子の電子状態を解析してさまざまな物性を導くことができる分子軌道法(MO)、エネルギー極小化によって分子構造を最適化できる分子力場法(MM)、分子のダイナミックな時間変化や温度変化を追跡できる分子動力学法(MD)など、計算化学技術を適用したり視覚化したりするシステム。とくに材料設計を対象にしたものは今後新しい計算理論が次々に登場する可能性があり、興味深い分野だといえる。

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遺伝子/バイオインフォマティクス関連:

 遺伝子関連のCCSは、ここへきて大きく様変わりしつつある。全遺伝子情報を解明しようというゲノムプロジェクトの進展にともなって、ヒトや微生物の遺伝情報が大量にデータベース化されており、それを利用して新薬の開発や病気の治療に具体的に応用しようという研究が急速に盛り上がっているためだ。ソフトウエア技術としても既存のパッケージでは対応できない領域に入りつつあり、ベンダー各社はシステムインテグレーション(SI)志向を強めている。

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パソコン関連:

 パソコン版コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、化学者のための便利なユーティリティーソフトから本格的な分子モデリングシステムまで幅広いバリエーションがある。現在のパソコンは1990年代初頭のスーパーコン並みの性能があるといわれ、情報システムにおけるパソコンの地位は日ごとに重要性を増している。CCS分野においても、プラットホームがパソコンへシフトしていくことは必至であり、今後の開発ラッシュが予想される。

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コンビケム/医薬関連

 コンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)は、新薬開発の新しい手法としてここ数年で完全に定着しつつある。システムとしては、ライブラリーの構築・管理などのデータベースアプリケーションや、HTSからの大量データ分析などのツール群で構成されるが、実際の研究業務の流れに沿った一貫システムを実現するため、パッケージを組み合わせてカスタム開発を行うシステムインテグレーション(SI)のニーズが高まっている。

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データベース関連:

 化学構造式と各種物性データ、関連文献情報などを統合管理するデータベース系の情報化学システムは、CCSのなかでも最も基本的な分野の一つ。最近では、とくにインターネットへの対応が重要なテーマになりつつある。WWW(ワールドワイドウェブ)はまさに情報の宝庫であり、かつては書籍などの形で出版されていた各種のデータも、いまやウェブ上のコンテンツとして発信されているケースが多い。CCSベンダー各社はインターネットに透過的にアクセスする仕組みを提供しはじめている。

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 日本経済全体が史上最悪といわれる1年間を経験した中で、国内のCCSベンダー各社はおおむね好調な業績を示している。本紙の推定によると、1998年の国内CCS市場規模は、サーバークラスのハードウエア、関連サービスを含めて約190億円で、前年に対して14%の成長を記録した。国内の情報技術(IT)産業全体としてみても、98年はあまり調子が良かったとはいえず、実際にベンダーの中にもCCS以外の事業は不振だったというところも少なくない。

 国内のCCS市場推移は別図の通りである。80年代末から90年代初頭にかけては、スーパーコンピューターが全盛を誇った時代であり、高速計算によってCCSの新しいアプリケーションが切り開かれたことが市場を押し上げた。90年代中盤はUNIXワークステーションの高性能化がこれらの計算需要を引き継いで発展させた時期だったといえる。逆に97年は計算の限界が認識され、例えば医薬品分野ではコンビケム/HTSなどの計算に代わるCCS技術が注目を集めた。計算が下火になった分、市場も伸び悩んだと考えられる。

 98年の好調さの原因は、現時点で明確に指摘することは難しい。ただ、医薬分野でのCCSへの投資が依然として活発だったこと、補正予算がらみで大学・官公庁需要が堅調だったことなどが理由としてあげられる。とくに、ゲノム研究を中心とする生命科学分野には政府から潤沢な予算が投入されており、遺伝子/バイオインフォマティクス関連のCCSベンダーは業績を大きく伸ばしているところが多い。

 遺伝子/バイオインフォマティクス分野は、今後“ジェノミックス創薬”と結びついて、民間の製薬会社の需要につながっていくと考えられ、将来の市場性も有望視されている。

 一方、材料系の分子シミュレーションは、大学・官公庁関係では根強い需要があるが、民間向けは依然として沈滞気味である。基礎研究としては重要なテーマでも、民間が興味を持つレベルの具体的問題への適用が難しい面があるからかもしれない。第一原理分子動力学などの新しい計算理論には関心が集まっているが、経済環境が悪く実際の投資に踏み切れないユーザーが多いようだ。

 今後のCCS市場を占ううえでは、プラットホームに関する話題も重要である。90年代半ば以降は、実質的に米シリコングラフィックス(SGI)のUNIX(IRIX)環境に集約されてきている。しかし、SGIは一時の経営危機を経てウィンドウズNTに主軸をシフトする動きもみせており、UNIX市場の新興勢力となりつつあるLinuxへの対応も含めて、パソコン(インテル系マシン)の本格的サポートを急がなければ、CCSのプラットホーム自体がIT産業の本流から取り残される懸念もある。