米キューケム/マーチン・ヘッドゴードン教授インタビュー

量子化学いまや熟成期、実験に比肩する地位に

 2000.11.08−経験的分子軌道法ソフトウエアの専門ベンダーである米キューケム社が最新版の「Q-Chemバージョン2.0」を開発した。量子化学理論に基づいて分子の電子状態を精密に計算できるのが特徴で、新しい計算手法の採用で解析精度と扱える系の大きさが大幅に強化されている。「量子化学はいまや熟成期に入っており、量子化学計算を用いた研究も活発に行われている。取り巻く環境に恵まれたなかでQ-Chemも飛躍を期したい」と述べるカリフォルニア大学バークレー校のマーチン・ヘッドゴードン教授(同社の創設者の一人であり、サイエンティフィックアドバイザーを務めている)に新バージョンの概要や計算化学の現状について聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 バージョン2.0の特徴は。

 「今回は最初のメジャーバージョンアップに当たり、本当に実用的なソフトに仕上がってきた。大きく5つの新機能が加わっている。金属を含む系を扱えるシュードポテンシャル、密度汎関数法(DFT)の解析的2次微分、励起状態を計算できる時間依存DFT、メモリーの使用量を減らし2倍大きな分子が計算できるローカルMP2、またQ-Chemだけの高精度のハイレベル相関法などを盛り込んだ」

 最近の研究事例は。

 「時間依存DFT計算を用いて星間分子を同定する研究を行った。望遠鏡で測定した光の吸収スペクトルと、Q-Chemで計算したスペクトルとを比較し、ある種のポリサイクリック・アロマティック・ハイドロカーボン(PAH)の存在を予測した。これまでは、宇宙空間に漂う分子が何なのか、可能性をあげることも難しかったわけで、今回の研究はまだ証明はされていないものの、具体的な候補物質をあげることができたことは意味深いものと考えている」

 日本では“実験”の権威が高く、ここ数年は“計算化学”はやや冬の時代だといわれているが、米国ではどうか。

 「理解に苦しむ話しだ。1998年にジョン.A.ポープル教授(キューケム社の出資者の一人で、開発陣の中心人物)がノーベル化学賞を受賞したのをきっかけに、量子化学計算の力が広く認められ、むしろ計算化学者にとって恵まれた時代になってきていると感じている。日本の計算化学は高いレベルにあり、世界的に評価されている高名な研究者も多い。もっと自信を持ってもらいたい」

 「1933年にポール・ディラックがノーベル物理学賞を受賞したが、彼の量子力学の発見によって、化学も物理も“数学”の問題となった。ただ、その方程式を解くのが難しかったわけだが、この70年間の努力を通してそれらが高い精度で解明できることを実証してきた。いまや量子化学計算は“理論上の実験”であり、その結果は信頼できるものだ」

 Q-Chemをどんなプログラムに育てていきたいか。

 「化学者が直面する難しい問題、興味深い問題を解決できるツールでありたいと思う。私の好きな映画にケビン・コスナーのフィールド・オブ・ドリームスという作品があるが、この主人公は自分のとうもろこし畑に立派なスタジアムをつくれば夢がかなうと強く信じて努力する。私も、良いプログラムをつくれば、多くのユーザーがついてきてくれると信じている」