土井プロジェクトがOCTAを海外で普及・浸透へ

米英独仏伊蘭など10数拠点に提供、共同研究を推進

 2001.08.21−経済産業省プロジェクトの「高機能材料設計プラットホームの開発」(通称・土井プロジェクト)は、開発中の高分子材料設計支援システム「OCTA」を海外の研究機関にも提供する方針を固めた。10月にプログラムの最新版を取りまとめ、11月からキャラバン隊を組んで欧米を歴訪する計画。高分子化学/計算化学の先進的な大学や研究機関にOCTAを実際に利用してもらい、最終的にはOCTA上で動作可能なプログラムを世界中から集めようという狙いがある。CCS(コンピューターケミストリーシステム)分野では、国内だけで開発されたソフトが成功することは難しく、海外での評価がその将来性のカギを握る。その意味からも今回の成果が注目される。

 このプロジェクトは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から化学技術戦略推進機構(JCII)が委託を受けたかたちで実施されているもので、名古屋大学・土井正男教授のもとに参加企業11社から派遣された研究員が集まって研究を推進している。

 高分子材料を計算によって理論的に設計するためには、それぞれ機能の異なる多種類のプログラムを使い分けるとともに、全体を有機的に統合する必要があり、OCTAはそれらを包括するプラットホームとしての役割を果たす。各種のシミュレーションエンジンを柔軟に組み入れ、“シームレスズーミング技術”を通してエンジン間で情報をやり取りしようというのがOCTAの基本的な考え方である。

 現在のOCTAは、シームレスズーミングのカギとなる統一グラフィックソフトの「GOURMET」(グルメ)、汎用粗視化分子動力学ソフト「COGNAC」(コニャック)、レオロジーシミュレーター「ReX」(レックス)、動的平均場法ソフト「SUSHI」(スシ)、多相構造/分散構造シミュレーター「MUFFIN」(マフィン)−から構成されている。デフォルトで4種類の計算エンジンを持っているが、どんな外部プログラムでも柔軟に取り込めるプログラミングインターフェースを備えている。

 土井教授は「OCTAの特徴は、オープン、フレキシブル、拡張可能という3点。材料設計の要求には限りがなく、4年間のプロジェクトでは時間的な限界がある。そこで、われわれは材料設計のプラットホームをきちんと確立することを目指した。OCTAはプロジェクトが終わったあとも成長し続けられるシステムに仕上がった」と説明する。

 その秘密はGOURMET特有のデータセットにある。3つのファイルが1セットとなり、基本的な入力データを収めたUDF(ユーザー定義フォーマット)ファイル、その振る舞いを定義するアクションファイル、計算エンジンの情報を制御するメッセージファイルから構成される。UDFファイルには、意味、名前、型、単位、数値などの計算のための物理量が書き込まれているが、XMLなどと同様の構文規定型のファイルフォーマットを採用しているため、新しい要素の追加が容易。このため、どんな計算エンジンの入力データでもUDF形式で表現することが可能である。実際、外部ファイルをUDFに変換するインポート機能も備えている。

 また、メッセージファイルを利用すれば、計算エンジンの動作状態を監視したり、動的に制御したり、計算途中に解析パラメーターを変更したりすることも可能であり、計算エンジンの開発者からみてもGOURMETに対応させることはメリットがあるという。Javaで開発されているのでプラットホームを選ばないという利点もある。

 一方、OCTAに内蔵される計算エンジンもユニークなものがそろっている。粗視化分子動力学のCOGNACは、原子の動きを追跡する通常の分子動力学とは異なり、一定の構成単位を原子集合体として定義して計算する。例えば、剛直分子ユニットを1つの剛体、数モノマーユニットを1つの質点などに近似して解く。さまざまなモデルやポテンシャル関数に対応しているのが特徴で、モデルはGOURMETまたはスクリプト言語Pythonによる直接編集が可能。やや操作は難しいが、モデリングの柔軟性は高く、プレート状の固い板と柔らかいポリマー分子を同一の系のなかでモデル化することなども可能。

 電場/磁場をかけることや、ずり流動、変形、表面における分子配向、結合の生成と解離など、材料設計を支援する多彩な解析機能を備えている。具体的な適用事例としては、(1)トポロジカルゲルを一軸伸長させた場合の応力の変化(2)固体壁に挟まれた溶融ポリマーに対し、その壁をずらせた時のポリマーの挙動や変化(3)2官能と3官能のモノマーからなる網目状高分子の形成−などがあるという。

 レオロジーシミュレーターのReXは、確率論的なシミュレーションによって高分子の成形加工性や機械的特性に関する情報を得られるようにするソフト。直鎖状高分子(単分散、多分散)、星型高分子(単分散)、混合系を扱うことができ、独自のデュアルスリップリンクモデルを使って絡まり合った高分子の動きを解析する。ずり粘度や線形粘弾性、伸張粘度などの物理量を求めることが可能で、これらをもとにレオロジー特性を予測する。

 動的平均場法のSUSHIは、高分子がつくるモルフォロジーの界面部分の解析に特化したプログラム。平均場SCF法と呼ばれるアルゴリズムを採用しており、系を濃度場として記述し、自由エネルギーと運動係数を使って時間発展的に拡散させるという計算方式である。ポリマーのトポロジー、モノマーのシーケンスの種類を問わない柔軟性が特徴。具体例としては、(1)高分子溶液中における固体壁への吸着のシミュレーション(2)濃度場の時間発展方程式に化学反応の項を導入した反応誘起相分離シミュレーション(3)ポリマーブレンドにおける界面反応のシミュレーション−などがある。

 多相構造/分散構造シミュレーターのMUFFINは、連続体モデルの差分法(FDM)または有限要素法(FEM)を利用して、多成分・混合系の動力学シミュレーションを行うもの。自由エネルギー、流れ場、体積分率やイオン濃度の時間発展、静電場の計算と物質場・流れ場との相互作用−などの解析が可能。計算エンジンとしては、多相流体を扱う二次元プログラムと、多相固体(線形弾性体)をサポートした三次元FEMの二種類があり、(1)ポリマーの相分離(2)ドロップレットの合体(3)電荷を持った粒子のまわりの電解質流体の流れと電荷分布(4)層流と界面での化学反応と生成物の拡散−などの応用事例がある。

 シームレスズーミングの研究事例としては、SUSHIによって得られたモルフォロジーを再現する分子構造をCOGNACでモデリングしたり、SUSHIの計算結果をMUFFINの入力データに利用したりするなどの実績がある。

 さて、OCTAシステムの最新版は今年の6月末に参加企業各社に配布されている。ただ、土井プロジェクト内部ではさらに7月、8月とプログラムのバージョンアップを重ねており、それを10月の段階でもう一度集約し、11月から海外向けに提供をはじめる計画である。具体的には、米英独仏伊蘭など土井教授が親交のある10数ヵ所の大学・研究機関を予定。この分野でキーになる研究グループでシステムを実際に使ってもらい、共同研究先として協力をあおぐとともに、OCTAの評判を口コミで広げたい考えだ。

 土井プロジェクトは来年3月が最終期限で、OCTAを構成するソフトウエア群の完成度はかなり上がってきている。海外での浸透を図ることにより、興味深い応用事例が飛び出すことが期待されるとともに、海外で開発されたプログラムをOCTA上に呼び込む道を開く可能性もある。この時期の海外進出はタイミング的にも最善の選択だと思われ、大きな反響が期待できそう。