Tech・Ed 2001 クロージング:米マイクロソフト・古川享副社長

ドットネットの未来像をデモ、ソース開示戦略も公表

 2001.09.04−米マイクロソフトの古川享副社長は8月31日、デベロッパーズコンファレンス「Tech・Ed 2001」の締めくくりとして、「近未来コンピューティングとマイクロソフトテクノロジー」と題してクロージング基調講演を行った。ドットネット(Microsoft .NET)技術が実現しようとしている新しいコンピューター利用のスタイルをデモンストレーションを交えて披露、XMLウェブサービスの可能性を強調した。また、マイクロソフトにおける研究開発の最新トピックスやマイクロソフトのオープンソース戦略の最新動向についても解説し、会場内をわかせた。

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 古川副社長は、講演の冒頭で「いまやデータセンターや基幹業務アプリケーションも、いわゆるPCベースのマシンでカバーできるなど、ハードウエアの性能が劇的に向上している。また、ブロードバンドが本格的に普及しはじめたが、今後は無線ブロードバンドがおもしろい。米国ではすでにスタートしており、例えば無線機能を持ったパソコンを空港で開くと、いきなり現地のプロバイダーにつながり、これこれのサービスを受け入れますかなどと聞いてくる。このように、何らかのデバイスで常にネットにつながっている状態が可能になる」と述べ、確実に新しいコンピューター利用の時代に入りつつあると説明した。

 とくに、インターネットそのものがコンピューティングのプラットホームになるとし、これからの開発者はまずユーザーが要求するウェブサービスをつくり上げたうえで、それに必要なハードやOS(基本ソフト)が何かという逆転的な発想を持つべきだとした。

 次いで、古川副社長は2種類のデモムービーを示してウェブサービスの具体例を述べた。最初のデモは、空港で携帯電話を忘れたことに気づき、スケジュールや電話帳がなくなって困った男が、スマートカードの個人認証を使ってレンタル電話に自分のデータをダウンロードして事なきを得る。しかし、その後自転車にぶつかって怪我をし、かかりつけの医者に連絡、指紋照合でID確認し病歴や現在地を把握、近辺の医療機関を検索して診療予約をするといったシナリオ。次のデモは、自転車のフレームを生産している中小企業が、自社製品をネットで売り込むことを企画し、ふさわしいサービスを検索して訴求効果の高いホームページを簡単に作成する。その後、大きな商社から問い合わせのメールが携帯端末に入ったので、相互にスケジュールを調整してトレードショウ会場で面会する約束をし、すぐにおもむくがカタログや資料を持ち合わせていない。そこで、会場内で相手のタブレットPCを借り、個人認証でログインしてウェブから資料をダウンロードし、商談を成功させるというシナリオである。「自分の仕事を中断せずに、他の人に一時的にログインさせることができるのがウィンドウズXPの特徴の1つであり、それをうまく生かしている」と古川副社長。

 このすべてはインターネットが基盤となっており、必要なサービスをウェブから探し出すためのUDDI(ユニバーサル・ディスクリプション・ディスカバリー&インテグレーション)、情報をやり取りするためのXML(エクステンシブル・マークアップ・ランゲージ)、実際に処理を行うためのSOAP(シンプル・オブジェクト・アクセス・プロトコル)−といった標準的な技術がサービス全体の仕組みを支えている。

 「現在のウェブサイトは、リンクでページはいろいろと結ばれているが、情報が結ばれていないので、先のほうへ行ってまた同じことを入力しなければならなくなったりする。ドットネットは、複数のウェブサービスを統合して利用することができ、アプリケーションやプラットホーム、ビジネス間における相互運用が可能という点で、非常に革新的だといえる」と強調した。

 また、古川副社長はマイクロソフトの認証技術である「パスポート」について触れ、「すでにパスポートには1億6,000万人の登録者がいる。マイクロソフトが個人情報を独り占めするためのものだと批判する人もいるが、現実にはそうではない。認証プロセス自体はどこのISP(インターネットサービスプロバイダー)でやってもらってもけっこうだ。実際、私自身はSONETから入ってウェブサービスにアクセスしている」と述べる。

 続けて、マイクロソフト自身が提供予定のウェブサービス「ヘイルストーム」(HailStorm)に関するデモを行った。これは、家族旅行の計画を立てるというシナリオで、最初は土曜日に出発する予定でスケジュールを組んだが、旅行サービス側から金曜日に出発する格安チケットが入手できるという連絡が来る。家族全員のスケジュールを確認したところ、金曜日でもかまわなそうなので変更することにし、学校にいる子供たちの携帯端末に通知をしておくというもの。「いまのインターネットでは、自分で登録してわざわざ探しに行かなくてはならないが、自分がウェブで何をしてきたかの履歴を活用して向こうから提案がやってくるのがドットネットによるウェブサービスの利点だ」と古川副社長。「ドットネットの開発環境はもうアベーラブルだ。ウィンドウズXPが出てからとか、ドットネットが普及してからとか言うのではなく、きょうからXMLウェブサービスの開発に取りかかってください」と会場の開発者たちに訴えかけた。

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 次いで、古川副社長はMSR(マイクロソフト・リサーチ)の最新トピックスを紹介。自然言語処理や次世代OSなど、いろいろなプロジェクト内容を公開しているという。「MSRのリサーチフェローには米国コンピューター業界のすごい人物が名を連ねているが、ここで行われているのが研究で終わる研究ではなく、必ず商品に結びついていくところにやりがいがあると喜ばれている」と胸を張った。また具体的な事例をあげ、「音声認識でも、声が文字になるだけでは意味がない。音声のなかから意味を読み取って、やりたいことを先取りしてくれるようなソフトウエアを目指している。例えば、ぼくとビルが“来週、どこかでメシでも食いながら会おうか・・・”などと会話しているのを聞いて、2人のPDA(個人情報端末)が自動的にスケジュール調整をしたうえで、過去のスケジュールを検索して2人が行ったことのあるレストランをみつけ出してリストアップしてくれる」と研究事例を披露した。

 さらに、ブロードバンドの可能性についても取りあげ、「ストリーミング映像は、56Kbps時代は音も悪く画面も小さかった。384Kbpsになると映像・音質は一気に良くなる。そして、750Kbpsなら家庭のテレビでビデオ録画したものよりも確実にきれいだ。これまでの放送は、テレビでもラジオでも1時間の番組を1時間かけて送出している。しかし、10Mbpsのブロードバンドなら1時間番組は10分の1の時間で配信できてしまう」と述べ、ブロードバンドコンテンツの革新の時代が近づきつつあるという見方を示した。

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 続いて、古川副社長は「マイクロソフトはバイナリーしか提供しないという誤解があるので、ここではっきりさせたい」とし、ソースコード開示に取り組んでいる現状を紹介した。それによると、大学などの研究機関を対象にした「リサーチ・ソース・ライセンシング」、大手ユーザー企業向けの「エンタープライズ・ライセンシング・プログラム」、ソフトウエアベンダー向けの「ISVソース・ライセンシング」、ハードウエアベンダー向けの「OEMソース・ライセンシング」−の4種類があり、そのほかにウィンドウズCEを対象にしたソースコードアクセスプログラムがある。

 大学向けとOEM向けは10年ほど前のMS-DOSの時代からソースコードの提供を行ってきており、すでに23ヵ国の100以上の大学がその対象になってきたという。企業向けは今年の1月からスタートしたもので、米国内の1,000社の企業ユーザーにソースを開示した。古川副社長は、米国以外の企業ユーザーにも門戸を開き、今後16ヵ国に広げる用意があると述べた。また、これも時期は明言しなかったが、ISV向けに関してもソースデバッガーの提供を含めてソースコード開示を計画中だとした。ただ、個々のケースでウィンドウズのどのバージョンが提供されているのか、OS全体のどの範囲が提供されるのかなどの詳細は明らかにされていない。

 ウィンドウズCEについては、プラットホームビルダーのソースコードを公開することにより、デバッグや非営利的な目的のための修正などに活用してもらうのが目的。今年の7月からソースコードを開示したところ、最初の1週間で3万件のダウンロードがあったという。

 これは、“シェアードソース”という考え方にのっとって行われており、「オープンソースの良いところを取り入れつつ、オープンソースに内包する危険性を回避し、互いに権利を尊重し合うための考え方が盛り込まれている」と説明、今後ともウィンドウズからドットネット、CEまで幅広く推進していくと約束した。古川副社長によると、現時点で7種類のソースコードを開示しているということだ。そのうちのいくつかはMSDNコードセンターからアクセスできる。

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 講演の最後に、古川副社長はアクセシビリティを話題にした。「遅まきながら、当社でもアクセシビリティに関するガイドライン(http://www.microsoft.com/japan/enable/)を作成した。障害者の方はもちろんだが、いまは健康な人でも歳をとるとパソコンに向かう状況が変わってくる。そうしたことも念頭に置いて、これから開発を進めていただきたい」と述べた。

 具体例の1つとして、同社のサポート技術情報を自然言語で検索するプロジェクト(http://www.microsoft.com/japan/enable/nlsearch/)を紹介。これは東京大学の中川裕志教授と共同開発しているもので、「カラーで印字できません」など自然な話し言葉から適切な技術情報を引き出すことができる。7月から公開しているが、10月にはさらに辞書を強化し、来年1月には対話処理によるヘルプシステムを開発する。iモード対応も行う予定だという。