2004年春季CCS特集:総論

方法論の進歩で広がる応用領域、国産ソフト振興が課題に

 2004.06.30−化学や医薬、材料分野で有用な機能を持つ物質を“設計”するための総合的なコンピューター支援技術であるコンピューターケミストリーシステム(CCS)は、研究開発に欠かせないツールとして定着し、応用展開も広がりをみせている。とくに、新薬開発の分野で方法論の進歩が目立っており、最近では病気の原因となるたん白質の解明が進んでいることを受けて、それらの生体分子をターゲットにした薬物候補物質を狙い撃ちで設計するためのドッキングシミュレーションに注目が集まっている。計算化学技術の進歩とコンピューターのますますの高速化は、材料設計分野においても計算対象をミクロからメソ領域へと広げつつあり、ナノテクノロジーとの接点においてさらなる発展が期待されている。

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 CCSは、遺伝子やたん白質の解析から構造解析、機能解明などのいわゆるゲノム創薬に結びつくシステム群を網羅した“バイオインフォマティクス”、低分子側の化合物情報や反応情報、文献・特許情報検索をはじめ、実験データ管理や試薬管理などの幅広い研究所向けデータベースアプリケーションを含んだ“ケムインフォマティクス”、原子・分子レベルでの構造や電子状態の解析、物性予測などの数値シミュレーションを中心とした“計算化学/分子モデリング”−の3分野から構成されている。

 2003年度の国内CCS市場は、CCSnewsの推定によると約402億円で、前年度に対しちょうど10%の成長とみられる。これは、CCS分野のパッケージソフトを中心とする国内ベンダー各社の事業実績をベースに推計したもので、これらのベンダーが納入したハードウエアやシステムインテグレーション(SI)の売り上げは含まれているが、ハードベンダーが納入したサーバーやストレージ、ウェット系の技術を中心としたバイオベンチャーのサービスなどは含まれていないということで参考にしていただきたい。

 昨年の特徴は、2000年から2001年にかけて市場を牽引したバイオインフォ市場の停滞である。国家プロジェクトがらみの大規模投資に終息感があり、各ベンダーのバイオインフォ関連事業は横ばいあるいは減少だったというところが多い。

 ブーム時のバイオインフォ市場をソフトウエアの観点からみると、ソフト自体はホモロジー検索のBLASTを筆頭にほぼすべてがフリーのアカデミックコードで占められており、商用ソフトが入り込む余地はほとんどなかった。データベースも、遺伝子情報は人類共通の財産との考え方からほとんどが公共のデータベースとなっている。このような状況下では、バラバラに開発された各種ツールやデータベースを統合的に使うためのインテグレーションへのニーズが発生するため、当初はこれが一定のビジネスになったことは事実だ。しかし、その需要は期待ほどには大きくならなかったというのが実態だろう。

 一方、創薬支援のためのCCSの総合的な技術という観点からみると、ユーザーニーズが急激に変化してきたことがわかる。遺伝子解析そのものを目的とするよりも、そこから得られた大量のデータから創薬に役立つ情報や知識をいかに引き出すかに関心が移っているのである。このため、膨大な実験データと関連する科学文献を結びつけて知識を体系化するデータマイニング/テキストマイニングのツールが販売実績を伸ばしている。

 同時に、たん白質に関する研究や解析が進み、特定の病気に関連する創薬ターゲットがある程度明らかになってきている現実を受け、その情報を利用した具体的な薬物設計に注目が集まっている。これがいわゆるストラクチャーベースドラッグデザイン(SBDD)である。代表的な手法はドッキングシミュレーションで、ターゲットのたん白質に対し、結合しやすい薬物分子をバーチャルスクリーニングで網羅的に探索するというものだ。この関係のソフトの販売もきわめて好調であり、海外のソフトが実績を伸ばす一方、国産ベンダーも国内の製薬ユーザーなどと共同研究を行いながらさらに高精度なソフトウエア開発を進める例が数多くみられる。

 ターゲットに対する薬物候補がある程度絞られてくると、今度は薬物側の分子設計をさらに精密かつ合理的に行うためのソフトウエアにニーズがシフトするとも考えられよう。

 このように、わずか数年のスパンで、注目される方法論やソフトウエア技術が移り変わっていくのが最近の創薬支援CCS市場の現状であり、これからもその変遷から目が離せない。

 さて、国内のCCS市場は1990年代半ば以降、海外のソフトが圧倒的に支配する構図が続いてきたが、ここへきて国産ソフト開発が活発化していることも見逃せない。最大の理由の一つは、大学で開発されたソフトが商用版へと発展するための道がつけられつつあることだろう。多くの場合は国家プロジェクトからの展開となるが、経済産業省の「高機能材料設計プラットホームの開発」や文部科学省の「戦略的基盤ソフトウエアの開発」に代表されるように、終了後の商用化を前提として推進されるプロジェクトが増えてきている。

 このような国家プロジェクト以外にも、ベンチャーとして大学発CCSの製品化を進める例がいくつかあるが、いずれにしても事業化にはリスクがともなうものであり、とりわけ大学でつくられたソフトを商品に仕上げるのは難しい仕事となる。その意味では、やはり何らかの助成金を期待したいところ。多くの国産ベンダーもいろいろな助成制度に応募しながら開発を進めているのが現状である。しかしながら、ソフトウエア開発に対する助成は、必ずしも手厚くないのが実態だともいわれる。国産CCSを発展・隆盛させるためにも、関係各機関の配慮を求めたいところだ。