富士通が分子軌道法ソフト最新版のMOPAC2006を発売

並列計算機能を強化、MOS-Fでたん白質の励起状態計算が可能に

 2006.02.10−富士通は、半経験的分子軌道法ソフトウエアの最新版「MOPAC2006」を開発、販売開始した。並列処理機能を強化したことで計算速度が大幅に向上したほか、たん白質を含めた系の励起状態が計算できるようになるなど、バイオ・医薬分野の研究への応用が可能になった。実際、網膜で光を感じるレチナールたん白質の働きを、分子・電子レベルで解明する研究に役立った事例がある。Linux/UNIX向けのソルバープログラムとして提供され、価格は60万円から。2006年度末までに国内・海外を合わせて150本、約2億円の売り上げを見込んでいる。

 MOPACは、たん白質および溶媒中の高分子の立体構造や電子状態をシミュレーションできるソフトで、巨大なたん白質全体を扱えるMOZYME法に対応していることが特徴。

 これまでのMOPAC2002では、MOZYME計算だけが並列化されていたが、今回の最新版ではSCF(自己無撞着場法)の一点計算や構造最適化、基準振動解析、静電ポテンシャル、COSMO法についても並列計算が可能になった。並列化は、PCクラスターなど分散メモリー環境に適した“MPI”と、共有メモリー型でSMPマシンでの実行に適した“OpenMP”の両方に対応している。

 プログラムの並列効率自体を以前よりも高めており、16プロセッサー環境のベンチマークでは、MOZYME法で6倍、一点計算で8倍、基準振動計算や静電ポテンシャル計算で14倍、COSMO法で6倍−の性能向上が認められているという。

 一方、今回のMOPAC2006では、もう一つのソルバーである「MOS-F」の機能強化が大きなポイントになる。このMOS-Fは、富士通研究所が独自開発した半経験的プログラムで、MOPACが分子の基底状態を解くのに対し、励起状態の計算に特化していることが特徴。もともと、機能性色素などの研究において、可視光・紫外線の吸収波長計算といった用途で利用されてきた。

 新しいMOS-Fバージョン7は、たん白質の励起状態における電子スペクトル計算が可能になった。このもとになっているのは、東京工業大学の櫻井実教授らのグループとの共同研究。レチナールたん白質であるロドプシンを対象にしたもので、吸収波長の予測において実験値と高い精度で一致する計算結果が得られている。

 ロドプシン自体は、オプシンというたん白質とビタミンA誘導体のレチナールが結合した分子で、創薬ターゲットとして注目されているGPCR(Gたん白質共役受容体)の一種。ロドプシンが光を受けると、光異性化を起こしてレチナール部分がオプシンから解離し、その際の信号が脳に伝わって視覚に結びつくと考えられている。この時、レチナールの構造は一定だが、周囲のオプシンの性質の違いにより吸収波長が変化する“オプシンシフト”という現象が生じる。このことが、色の違いを感じる仕組みに関係しているともいわれている。

 共同研究では、ロドプシンを光活性部位(レチナール)と不活性部位(オプシン)に分割してQM/MM計算を実行するとともに、光励起にともなうオプシンの電荷変化を櫻井教授らが開発したPMM法で考慮するという計算方法を用いた。具体的には、9種類のロドプシンとPYP(プロアクティブイエロープロテイン)を対象にして吸収波長を予測したが、実測値にきわめて近い結果を得ることができた。とくに、オプシンの電荷変化を考慮したことが精度向上に効いていることが確認できたという。(別図参照)

 この共同研究で実現した機能がすべてMOS-Fバージョン7に搭載されているため、色覚の分子レベルでの解明や、光を利用した生物の活動の仕組みを探るための基礎研究のツールとして、また光受容体をターゲットにしたバイオ創薬への展開などが期待されるという。今回の原理は、樹脂中に分散した色素の波長計算にも適用できるため、PMM法のパラメーターを追加していけば(現在はたん白質系だけをカバー)、新しい感光材料や機能性有機色素などの開発にも役立つとしている。

 また、今回のMOS-Fは、ラジカルなどの開殻系分子の励起状態計算に対応したROCIS法のサポート、INDO/Sパラメーターの拡張も施されている。INDO/Sではリンや硫黄を含む系の計算を精度良く行うことが可能になるため、MOS-F自体の適用範囲を大きく広げることにもつながる。その他、商用LAPACKライブラリーの使用による高速化も図られており、ロドプシンの計算でもその恩恵が認められたという。

 なお、ソフトウエアのライセンス価格は、Linux版が60万円(バージョンアップ30万円)、並列版は4プロセッサーまで280万円(同140万円)、8プロセッサーまで400万円(同200万円)となっている。並列版は32プロセッサーライセンスも用意する予定。