国立情報学研究所の佐藤寛子助教授らが体験型化学学習システムを開発

VR技術応用で分子間力を“体感”、高等学校教育用に展開へ

 2007.03.16−国立情報学研究所(NII)の佐藤寛子助教授らのグループは15日、高等学校の化学教育で利用できるコンピューター教材として「HaptiChem」(ハプティケム)を開発、同日からウェブサイトを通じて無償公開を開始したと発表した。バーチャルリアリティー(VR)技術を用いて、目にみえない微小な原子・分子の世界をリアルに“実体験”できるようにしたことが特徴。全国の高校を対象にシステム一式の貸し出しも行い、現場の意見や要望を吸い上げて、授業に役立つ機能を増やしていくことにしている。

 今回のシステムは、ソフトウエアのHaptiChem(http://research.nii.ac.jp/~cheminfo/HaptiChem/)と、VRデバイスとして東京工業大学の佐藤誠教授らが開発した「SPIDER-G」を組み合わせたもの。分子間に働く引力と反発力を表現することができる。

 このSPIDER-Gはフォースフィードバック機構を備えた三次元ポインティングデバイスで、8本の糸でボールを吊り上げたような構造をしており、モーターによって糸に力を伝える機能を持っている。手でボール(分子をあらわす)を相手の分子(コンピューター内の仮想の存在)に向かって動かすと、HaptiChemが分子間相互作用をリアルタイムに計算し、計算結果を力に変換してSPIDER-Gを通して操作者にフィードバックするという仕組み。

 希ガス分子を対象にし、メルク力場の非結合相互作用パラメーターを用いて計算を行っている。フィードバックとして表現する力は、キセノン間の分子間力を基準値にして、元素種の違いもある程度あらわすことができるようになっている。現時点では分子間力を体験する機能だけだが、今後教育現場での意見を吸い上げて、教材としての機能の充実を図ることにしている。

 さて、同システムは、昨年7月に東京工業大学附属科学技術高等学校で応用化学の授業にテスト的に採用された実績がある。今回の記者会見も、実際に同校の教室を借りて行われ、講師2人と生徒12人(応用化学進学予定の1年生)による模擬授業が披露された。

 基本的な講義のあと、生徒たちはSPIDER-Gを自分で操作し、分子間力を“体感”した。ボールを分子に近づけていくと、最初はゆるやかな引力がファンデルワールス力によって働くが、ある距離からはクーロン力による静電相互作用が生じて強い反発力が感じられるようになる。

 HaptiChemの画面上には、ポテンシャル関数がグラフ表示されるとともに、計算によって得られた物理化学的数値も示される。これにより、実際に何がモデル化されており、実データと比較してどのような仮想化が行われているのかなど、本質的な問題にも気づくことができるようにつくられているという。

 生徒たちからは、「頭では理解していたが、こんなにリアルに力が再現されるとは思わなかった」という驚きの声や、「化学は目にみえないし触ることもできないのでイメージしにくい学科だと思っていたが、今回このように体験できて良い経験になった」などの感想が述べられた。先生たちは、「化学には微小な世界を言葉で伝える難しさがある。それで、模型などのさまざまな小道具を使って教えるが、わかりやすくするあまり、科学的な正確さがぼやけてしまうこともあった。今回の教材は、教える手段、伝える手法としての工夫がしやすいと感じた」などとコメントした。

 なお、今回のHaptiChemは、佐藤助教授らが2005年12月からオープンソースとして公開中の化学グラフィックライブラリー「ケモじゅん」(http://research.nii.ac.jp/~cheminfo/ChemoJun/)を利用して開発された。今年の2月末時点で、累計ダウンロード数は6万8,580件に達しており、最近でも毎月3,000件以上のダウンロードが行われている。文部科学省プロジェクト「たん白質解析基盤技術開発」の化合物ライブラリーの可視化に採用されたなどの事例も出てきているという。