米シミックス:トレバー・ヘリテージ社長(ソフトウエア部門)インタビュー

電子実験ノートをSaaSで提供へ、統一プラットホーム化で普及加速

 2009.09.17−シミックス・テクノロジーズ・ジャパンは、9月10日と11日の2日間、都内で「2009 Symyx Software Symposium」を開催した。とくにソフトウエア関連にテーマが絞られ、研究情報プラットホーム製品「Isentris」や電子実験ノート「Symyx Notebook」などの最新版の機能や開発ロードマップが紹介されたほか、内外のユーザー事例の講演も行われた。今回のインタビューでは、ソフトウエア事業の社長を務めるトレバー・ヘリテージ氏に最新の話題のいくつかを聞いた。

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◇◇研究開発分野でもSaaSへのニーズが拡大◇◇

 − 最近、IT分野ではSaaS(サービスとしてのソフトウエア)が注目されており、ビジネス系のアプリケーションは今後はSaaSの方が主流になるとまでいわれています。科学技術系、研究分野のソフトではどうなのでしょうか。今回の基調講演の中で、SaaSの話題に少し触れていましたが、あれは実際の顧客との事例なのですか。

 「シミックスでは、コンテンツデータベースをホスティングして、ユーザーがウェブ経由で必要な情報をいつでも引き出せるようにする“Discovery Gate”のサービスを行っているが、これはインフラとしてはSaaSと同様のものだ。この技術を利用し、すでに欧州の製薬会社と共同プロジェクトで化合物の登録と在庫管理のアプリケーションをSaaS形式で提供している。これは、特定の顧客に対するホスティングサービスという位置づけだが、本格的なSaaSの事業化も考えており、早ければ来年の初めにも電子実験ノート(ELN)のサービスを開始したい」

 − まずはELNですか。研究分野のアプリケーションでもSaaSは浸透するのでしょうか。

 「成功すると考える2つほどの理由がある。まず第1に、大手製薬会社がコスト削減の厳しい圧力にさらされていることだ。一般的にビジネス系と研究開発系の2つのIT部門を抱えているものだが、研究開発系のIT部門を閉鎖する動きが広がっている。ビジネス系のIT部門でさえ縮小されているのが実態。そうしたなか、SaaSによるITコスト削減はユーザーの関心を強くひきつけている」

 「第2は、研究開発プロセスにおいて、インドや中国へのアウトソーシングが拡大していることだ。こうした開発スタイルでは、研究データを委託先との間で頻繁にやり取りすることになり、セキュリティ上の問題が発生する。ELNのSaaSなら研究データはシミックスのサーバーで一元管理されるのでリスクは極小化する。また、プロジェクト終了後は委託先からのアクセスをブロックすることができるので、情報は安全に守られる」

 − なるほど。確かに需要はありそうですね。ビジネス系のSaaSはSMB市場での導入が進んでいますが、大手製薬だけでなく、中小・中堅向けにはどうですか。

 「やはりコスト削減が大きな要素だと思う。アプリケーションを導入するに当たって、インフラを構築したり、IT管理者を雇ったりするといったコスト負担は大きい。また、中小・中堅が大手製薬とのプロジェクトを遂行する場合、シミックスのELNのフォーマットでデータを準備するように要求されるかもしれない。そのようなときに、プロジェクト期間中だけ、SaaS形式でELNを利用することができる」

 「こうしたことに加え、共同プロジェクトの透明性が格段に向上することもSaaSのメリットだと思う。通常の共同研究では、中間報告や結果報告を受けるまでは、研究の進捗状況を随時つかむことは難しい。SaaSなら研究情報をリアルタイムに共有できるので、きょう何が起こったかまでわかるようになる」

◇◇ELN相次ぎバージョンアップ実施◇◇

 − わかりました。来年のサービス開始が楽しみですね。ところで、そのSymyx Notebookですが、このところ、6.1、6.2、6.3と矢継ぎ早にバージョンアップし、年末には6.4が控えています。

 「リリースのペースが速いのは、ユーザーが急速に増えており、そのユーザーニーズを満たすために必要な機能を大急ぎで実装しているという事情が背景にあるからだ。Symyx Notebookは1つの製品で有機合成、プロセス化学、分析、生物、製剤など全社で利用できるのが特徴。コアが共通化されており、テンプレートで部門別のELN機能を実現できるようにしている」

 − シンポジウムのなかでは、ハイスループット実験を行うシミックス社内の触媒プロジェクトチームがSymyx Notebookを導入・活用した事例が紹介されました。マイクロスケールでパラレルに大量の実験を実施することは、装置も特殊ですし、研究対象も医薬ではなく化学・材料系ですから、かなりのカスタマイズが必要だったのではないですか。

 「ところが、あれはまったく標準的なSymyx Notebookで実現した事例だ。通常の範囲のコンフィグレーションやカスタマイズでああした用途にも対応できた。Symyx Notebookはたいへんユニバーサルな製品で、血液検査のラボや反応器のメーカーなど当初は思いもしなかった分野でも使われはじめている。化学・材料研究分野でも今後は普及が期待できると思っている」

◇◇KNIMEが急速に普及、すでに数十種のノードを提供◇◇

 − 次に、KNIMEについてうかがいたいのですが、フリーのワークフローツールとして日本でも関心が高まってきています。欧米の状況はどうですか。またシミックスのKNIMEに対する戦略を聞かせてください。

 「欧州の大手製薬会社の間でよく使われるようになっている。データマイニング、データ解析、統計処理などの分野で洗練されたワークフローを構築できることが注目されており、トライポスやシュレーディンガーなどKNIME対応に力を入れるベンダーも出てきている。シミックスでも、ユーザーの要望に応えるかたちで、SDファイルの入出力や各種データベースへのアクセス、構造のエニュメレーションなどを行うCheshireをはじめ、20−30種類のKNIMEノードを提供中だ」

 − KNIMEはさらに普及しそうですか。

 「まずオープンであるということ。そのために多くのベンダーが集まってきているし、もともと化学向けに開発されたものではないので汎用性がある。そして何よりも無料だ」

 「既存のISISやIsentrisの環境でも、スクリプトを書くなどしてワークフロー的な自動化は可能だが、KNIMEならワークフローをもっと一般化できるし、トライポスやシュレーディンガーなどの他社のノードとも連携できるメリットがある。シミックスのノードを使えば、KNIMEのワークフローから出てきたデータをIsentrisで一元化して活用を図ることができる。化合物データに計算データや実験データを加えて、解析、レポーティング、意思決定などが効率良く行える」

 − よくわかりました。では、最後に日本市場に向けてメッセージをお願いします。

 「現在、日本市場では合成部門のELN導入が活発になっているが、これは欧米における2−3年前の状況に似ている。これに対し欧米の製薬企業は、研究から開発までの幅広いステージをカバーできるエンタープライズクラスのELN導入へと具体的に動きはじめている。とくに先駆的ユーザーは、それまでの過程で部門ごとに複数ベンダーのELNを導入したところがほとんどだが、ここへきてELNの全社統合基盤を構築する方向に大きく舵を切っている。それで、日本のユーザーさんには、ぜひ最初から統合型のELNを選択するようにおすすめしたい。研究開発のワークフロー全体を考えたときに、それがベストの選択になる」