2009年冬CCS特集:第1部総論・業界動向

SaaS・クラウド〜IT先進潮流に乗って新たな段階へ

 2009.12.03−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、化学・材料・医薬などの研究開発を支援するIT(情報技術)ソリューションとして広範な領域をカバー。CCSが製品化されてすでに30年を超える歴史があるため、いまや研究に欠かせない道具として確たる地位を築いている。用途が広く、システムの種類も多岐にわたるため、昨年から今年にかけての世界的な景気後退の中でも、市場全体としては比較的順調な推移となっている。ただ、ITの技術革新にともなってさまざまな変化がもたらされるのも事実であり、ここへきてSaaS(サービスとしてのソフトウエア)やクラウドコンピューティングといったIT業界の代表的トレンドがCCS市場にも押し寄せてきたことは注目に値する。来年の市場動向が注目されよう。

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◆◆米国市場〜不況下でも堅調◆◆

 CCSには、原子・分子レベルの特性を予測したり解析したりする計算化学・分子モデリング系のシステム、大量のデータから重要な情報を取り出す統計解析・データマイニング系のシステム、化合物データベースを中心に情報共有を促進したり研究プロセスのワークフローを効率化したりする情報化学系のシステム、豊富なコンテンツで研究・調査活動を支援するオンライン情報サービスなど、さまざまなソリューションが存在する。

 対象となるユーザー業界や研究領域、システムの種類によって差異はあるが、2009年市場はおおむね底堅い動きとなっている。上場している米国ベンダーの経営指標をみると、シミックス・テクノロジーズは9月期までの9ヵ月間に、売り上げが1億498万8,000ドルで、前年同期比9.9%減。ダウンが大きいのは受託系の事業で、ソフトウエア販売は7%減にとどまっている。収益面では赤字だが、損失の額的には前年同期の3分の1以下に減っている。

 アクセルリスは、9月期までの6ヵ月間で、売り上げが同0.7%減の4,012万9,000ドルとなっている。ただ、利益は259万ドルと19.7%も伸びている。シミュレーションズプラスは、5月期までの9ヵ月間で、売り上げは730万3,600ドルと同2.4%の伸び。利益は20%落ちたが、124万8,900ドルを確保している。

 全体として、売り上げ的にはやや苦戦しているものの、利益面は改善しているベンダーが多いと思われる。

◆◆ SaaS〜ネット経由でアプリ利用、コスト削減で高まる関心◆◆

 さて、CCSの30年の歴史を振り返ると、ITの技術革新とともにプラットホーム環境が変化してきた事実に気づく。1970年代のメインフレームから90年代のエンジニアリングワークステーションへ、さらに2000年代に入るとWindowsなどのパソコンや、Linuxおよびそのクラスターシステムがプラットホームの主流を成すようになってきた。こうした動きは、IT産業全体のトレンドに追随したものだ。

 その意味で、今後注目されるのがSaaSやクラウドコンピューティングの動向である。SaaSは、インターネットを介してアプリケーションを顧客の必要に応じて提供する仕組みあるいはビジネスモデルのことで、データセンターにおける一種のホスティングサービスととらえることができる。ただ、従来のホスティングが顧客専用のサーバーやストレージなどを用意していたのに対し、SaaSでは仮想化技術が基盤になるため、特定の顧客向けに物理的なリソースを用意する必要がなくなる。こうした運用管理の柔軟さは、センター側にも顧客側にもメリットを与える。

 クラウドコンピューティングは、インターネット経由でサービスを受けるユーザーのエクスペリエンスを表現した言葉で、インターネットの“雲”の中のどこにアクセスしているか具体的な事柄を見分けることは難しくても、“雲”にアクセスすればその中のどこからかサービスの提供が受けられるというニュアンスをあらわしている。厳密にはクラウドとSaaSが表裏一体の関係にあるわけではないが、ひとくくりに論じられることが多い。

 SaaSの最大の利点は、ハードやソフトを社内に導入する必要がないということ。つまり、ソフトを導入したり管理したりする専任のITスタッフを雇用してトレーニングを受けさせる必要なしに、アプリケーションを活用できる。欧米では最近、研究所や技術系のIT部門を縮小したり閉鎖したりする動きが実際に出てくるほど、ITコスト削減の圧力が厳しくなっている。こうした動きがSaaSの普及を後押ししているわけだ。

◆◆まず電子ノート〜大手2社がサービス開始◆◆

 一般のIT市場では、SaaSは営業支援や顧客管理といったCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)分野から普及が始まったが、現在ではERP(エンタープライズリソースプランニング)もSaaSで提供されるケースが出てきている。SaaS市場は、インストールして使うパッケージソフト市場の数倍の勢いで成長しており、数年後にはパッケージを逆転するという過激な予想もあるほどだ。2005年にはCRMでSaaSが話題になり始めていたので、4年ほど遅れてこの波がCCS市場にも到達したということになる。

 具体的には、ケムインフォマティクスの大手であるシミックスとケンブリッジソフトが相次ぎサービス開始を発表した。ケンブリッジは9月30日、シミックスが10月15日である。シミックスは電子実験ノートブックの「Symyx Notebook」をSaaSモデルで提供。同社では、前述したコスト削減に加え、医薬品の研究開発プロセスでインドや中国へのアウトソーシングが拡大している状況のなか、プロジェクト遂行中のパートナーに期間限定で電子ノートを使わせ、情報共有を図るといったニーズが顕著になってきているとしている。

 ケンブリッジソフトは、電子ノートの「E-Notebook Cloud」に加え、「ChemBioOffice Cloud」、「BioAssay Cloud」、「Inventry Cloud」を含めたフルラインでのサービスを行っていく。

 やはり電子ノートのような業務系のアプリケーションから普及が進むと思われるが、SaaS化の流れが、計算化学やモデリングなどの分野にまで及ぶかどうかは、今後の市場の推移を見守る必要があるだろう。

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◆◆国内・ワークフロー製品に注目、大学発ベンチャー設立も◆◆

 2009年の国内CCSベンダーは、2000年代中ごろ以降の新規参入組で事業体制を縮小したところもあったが、大手ベンダー各社はこの不況下としては順調なところが多く、いまのところ大きな落ち込みはみられない。国内ベンダーは海外製品の輸入販売が中心になるため、円高差益で利益を伸ばしているケースもあるようだ。

 今年登場した新製品としては、菱化システムが蘭シュルギの材料設計支援システム「CULGI」、エストニアのモルコードのADME(吸収・分布・代謝・排出)予測ソフト「MolCodeツールボックス」、インフォコムが英ドットマティクスの統合ケムインフォ製品群、ヒューリンクスが米ハイパーキューブのたん白質解析ソフト「HyperProtein」、エルゼビア・ジャパンが化合物・反応・特許情報を統合したデータベースサービス「Reaxys」などを市場投入した。例年に比べると、新製品は少なめの1年だったといえる。

 また、国内で今年注目された製品・技術として、独ナイムが提供しているフリーのワークフローツール「KNIME」をあげることができる。インフォコムが、ナイム社と商用利用契約を結び、積極的に活動しているが、菱化システムも加CCGの統合CCS製品「MOE」の機能を利用できるようにする「MOE/knime」をリリースしたほか、米シュレーディンガーや米トライポス、米シミックスなどKNIME対応のノードを提供するベンダーが増えてきたことで、国内ユーザーの関心が高まっている。実際の導入はまだまだこれからといったところだが、来年以降さらに注目が集まるだろう。

 一方、新ベンダーとしては、6月に山口大学発ベンチャーとして「Transition State Technology」(TSテクノロジー)が設立された。山口大学大学院理工学研究科の堀憲次教授の研究室で開発された化学物質の遷移状態データベース「TSDB」を利用し、コンピューターによる有機合成支援をサービスとして提供している。TSDBには、高精度な量子化学計算によって得られた遷移状態データが登録されており、これを利用することで量子化学計算の時間短縮を行って、適切な合成経路や反応条件を探索する。

 ソフトやデータベースを販売するのではなく、それを使ったサービスを提供することがメインになるが、同じ九州山口経済圏に属する富士通九州システムズ(FJQS)と協業する話しも出てきているようだ。