2009年冬CCS特集:第2部総論・技術動向

GPUコンピューティング〜IT新潮流に乗って新たな段階へ

 2009.12.03−IT(情報技術)の新潮流が、コンピューターケミストリーシステム(CCS)の世界を新たな段階へ導こうとしている。CCSのなかでも計算化学は典型的な大規模計算を必要とする領域で、スーパーコンピューターのアプリケーションとしてもトップクラスに位置づけられている。実際に1980年代後半から1990年代初頭にかけて、民間の化学会社がスーパーコンピューターを競って導入した時代があったし、最近では並列処理型のPCクラスターシステムが多く利用されている。これに対し、パソコン上で3次元グラフィック描画処理を主に行うグラフィックプロセッサー(GPU)を一般の計算に利用しようという、いわゆる“GPGPU”(ゼネラルパーパスのGPU)、“GPUコンピューティング”と呼ばれる技術が台頭してきた。通常のマイクロプロセッサー(CPU)だけを使う場合に比べて数十倍から百倍以上の計算能力を発揮するといわれる。本格的に実用化されればCCSの世界を大きく変える可能性がある。

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◆◆100倍以上の計算性能、メーカー2社が開発環境整備◆◆

 計算化学者は、「コンピューターがあと1,000倍速ければ」とよく口にする。しかし、ムーアの法則に従うCPUの性能向上は10〜15年で100倍のペースであり、マルチCPU化によってコンピューターの性能はこの10年で1,000倍に高まりはしたが、計算化学者はさらに「あと1,000倍」と要求する。

 ところが、ここで問題になるのが、CPU単体の性能向上の限界が近づいていることだ。それは、最近のCPUの技術トレンドがマルチコア化に向かっていることからも理解できる。いずれにしても、CPU単体の性能が上がりにくくなることで、コンピューターの能力アップを示す曲線の傾きが緩やかになってしまうと危惧されているわけだ。

 そこで注目されているのがGPUコンピューティングである。GPUは、3次元の物体の頂点座標に投影行列をかけて2次元座標を計算し、ディスプレイ平面にその3次元データを投影表示するのが本来の役目。そのため、多数の独立した行列演算を高速に実行するパイプライン処理機構が組み込まれている。GPUはムーアの法則を上回るペースで高速化してきており、最新のGPUは1個でスーパーコンピューター「ディープブルー」(1997年にチェスの世界チャンピオンに勝利したマシン)10台分以上の性能をたたき出すまでになっている。性能的にはテラFLOPSのオーダー(1990年代前半には世界のトップ500のスーパーコンの性能を累積してようやくこの水準だったという)に達する。

 現在、GPUメーカーは世界に米エヌビディアと米AMDの2社だけになっているが、GPUコンピューティングではエヌビディアが“CUDA”(クーダ)を打ち出したことで先行しているとされる。CUDAは並列C言語コンパイラーやライブラリーを含む統合開発環境で、これを利用することにより、GPUをゼネラルパーパス(汎用的)な用途に用いることが容易になる。また、AMDも“ATIストリーム”の名称で開発環境の整備を進めており、GPGPU向けプログラミング言語として、C言語をベースにした“OpenCL”の標準化も進展していることから、ここへ来てGPUコンピューティングの機は熟しつつあるといえるだろう。

 ただ、現時点ではまだまだ特殊なプログラミングが求められ、単精度計算はきわめて速いが倍精度計算は極端に遅いこと、メモリーアクセスが遅くスレッドに割り当て可能なリソースの制限が大きいこと、CPUとの通信速度が遅すぎるため計算のほとんどをGPUで行わなければならないなどの問題点がある。

◆◆分子力学系で対応先行、量子化学〜4.7分が4.5秒に短縮の例も◆◆

 このため、計算化学でGPGPUをサポートしている商用ソフトはまだ存在しない。研究論文は2007年ごろから目につくようになってきており、アカデミックレベルではいくつかのソフトが提供され始めている。とくに分子動力学(MD)関連で対応するものが多く、具体的には米国のベックマン研究所や国立衛生研究所(NIH)などで開発されたMDソフト「NAMD」と分子グラフィックソフト「VMD」、オランダ原子分子国立研究所(AMOLF)で開発されたMDソフト「MDGPU」などがあり、NIH関連の“シムバイオ”プロジェクトからGPGPUのためのMDライブラリー「OpenMM」が提供されている。

 また、グローニンゲン大学で開発されたオープンソースのMDソフト「GROMACS」とカリフォルニア大学のMDソフト「AMBER」がこのOpenMMを採用している。OpenMM自体、この10月末にベータ1.0が公開されたばかりの段階だが、AMBERは商用ソフトであり、これが商用CCSのGPGPU対応第1号になる可能性が高い。

 量子化学系では、非経験的分子軌道法の「Gaussian」や「Q-Chem」のほか、フラグメント分子軌道法(FMO)や密度汎関数法(DFT)プログラムをGPUで動かした報告・論文などが出されているようだ。その中には、抗がん剤のパクリタキセル(タキソール)を対象にしたダイレクトSCF(自己無撞着場)計算で4.7分が4.5秒に短縮されたという報告もある。

 エヌビディアが準備中の次世代CUDAアーキテクチャー“Fermi”(フェルミ)は、倍精度計算などの現在のGPGPUの問題点が大きく解消されるといわれており、今後の普及に向けての期待が高まっている。

◇参考サイト◇

○エヌビディアのホームページ:日本語で情報がまとめられています

CUDAショーケース

GPUコンピューティングソリューション(計算化学)

GPGPU産業別ソリューション

○AMDのホームページ(英語)

ATIストリーム技術情報