神戸大学・田中成典教授らがインフルエンザたん白質の高精度電子状態計算に成功

FMO法で地球シミュレータ活用、強く相互作用するアミノ酸残基を特定

 2010.04.03−神戸大学大学院工学研究科の田中成典教授と立教大学理学部の望月祐志准教授らの研究チームが、インフルエンザウイルスの表面たん白質と免疫抗体とからなる巨大分子系を対象とした世界最大規模の量子化学計算に成功した。電子状態解析を通じてどのアミノ酸残基が強く相互作用しているかを明らかにすることができたため、将来のインフルエンザウイルスの変異予測や医薬品開発などに結びつくと期待される。今回の成果は、この3月末まで実施された科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発」に基づくもので、地球シミュレータを用いて計算が行われた。

 インフルエンザの感染プロセスには、ウイルス表面にあるヘマグルチニンたん白質三量体と宿主側の糖鎖または抗体との相互作用が重要だといわれている。また、宿主細胞に感染したウイルスが増殖後に離脱する際にノイラミニダーゼたん白質が重要な働きをすることがわかっている。これらの分子間相互作用を定量的に解析することによって、インフルエンザ研究を一段と加速させることが可能になる。

 これらのたん白質または複合体の立体構造はこれまでにいくつか明らかにされているが、ウイルスの感染・発症や変異において重要になるアミノ酸残基の特定は定性的なレベルでしか行われていなかった。分子レベルでの相互作用機序を定量的に解明し、カギとなるアミノ酸残基を特定することができれば、それをターゲットとする医薬品開発につながる。そのためには、まずこのたん白質複合体に対する第一原理電子状態計算が必要になるというわけだ。

 プロジェクトの対象になったヘマグルチニン三量体と抗体のFab領域(抗原と結合する部分)との複合体は、2,351個のアミノ酸残基(3万6,160原子)からなる巨大分子系で、従来の技術では量子化学計算を適用することは困難だった。研究グループでは、高速計算に適したフラグメント分子軌道法(FMO)を採用し、2009年に更新された地球シミュレータ(海洋研究開発機構)で稼働させることで、これらの課題を克服した。

 具体的には、MPI(メッセージパッシングインターフェース)による並列化FMO計算を行う「ABINIT-MPX」プログラムを改良し、電子相関の2次摂動効果を取り入れたMP2法と3次摂動効果を取り入れるMP3法の計算においても高速処理が行えるよう、OpenMPによるノード内並列化に関するチューニングを実施。これにより、ヘマグルチニンならびにノイラミニダーゼ複合体のFMO-MP2/6-32G計算を、いずれも数時間以内という短時間で計算することに成功した。また、大規模な行列積用のDGEMMライブラリーを導入し、PCクラスターでは時間がかかりすぎる高次のMP3計算をMP2計算の2倍以内の時間で完了させた。

 FMO計算は、系全体をアミノ酸を単位とするフラグメントに分割して計算するため、アミノ酸同士の分子間相互作用を系統的に解析することが可能。今回は分散力(ファンデルワールス相互作用)に関係する電子相関の効果をMP2法とMP3法によって適切に取り入れたため、生体分子系で重要だと思われるすべての相互作用を高精度で論じることが可能になったとしている。結論として、ヘマグルチニンにおいてはAsp190、Ser193、Lys222、Gln226といったアミノ酸が重要な役割を果たしていることが示唆されたという。

 ヘマグルチニン三量体は実際に抗原抗体反応が起こっている分子集合体であり、その電子状態解析に成功したことは、今後の生体シミュレーションに関する知見を増し加えたことになるとして注目される。さらに、ノイラミニダーゼとその阻害剤の結合系に関する第一原理計算の結果は、タミフルやリレンザなどに代表される医薬品設計のための有用な情報や指針につながるとみられる。

 なお、今回のプロジェクトは、2004年10月から2010年3月まで行われたもので、みずほ情報総研の福澤薫チーフコンサルタント、国立医薬品食品衛生研究所の中野達也室長らが研究チームに加わっているほか、NECおよび東京大学生産技術研究所と連携して実施された。


ニュースファイルのトップに戻る