2013年夏CCS特集:総論・市場動向

クラウド対応など新潮流でさらなる発展、2012年度約338億円/3.6%増

 2013.06.26−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、医薬品研究開発を中心とした生命科学分野の堅調さに加え、いわゆるリーマンショック後の景気後退の影響を受けた材料科学分野にも復調の兆しがあり、あらためて成長軌道を取り戻しつつある。とくに、昨年から今年にかけて、システムのプラットホームとして広がってきたのがクラウドサービスの利用。これは、社内にハードウエア・ソフトウエアを導入することなく、あるいは社内のそれら計算資源を補う目的で、クラウド上でハード・ソフトをホスティングして柔軟に活用しようというもの。一般のICT(情報通信技術)の世界ではすでに常識になりつつあるが、クラウドの波がCCS市場に押し寄せつつある。本特集で紹介するベンダーの多くもクラウド対応を主要なトピックスにあげている。また、タブレット端末をサポートするシステムの登場も目立つ。まずは個人ユースを対象とした製品がほとんどだが、今後どのように成長していくか興味深い。

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 CCSは、医薬、化学、物質・材料に関係した研究開発を支援するソリューションを幅広く網羅しており、市場としては生命科学系と材料科学系に二分されている。ソフトを開発するメーカーも、どちらかの領域に集中していることがほとんどである。

 生命科学系はさらに創薬分野(候補物質の探索)と開発分野(非臨床以降の開発ステージ)に分かれる。創薬分野では、薬物分子の構造に注目して望ましい物性・特性を持つ化合物を設計するリガンドベースドラッグデザイン(LBDD)、薬物が作用する生体側のたん白質の立体構造をもとにそれに結合しやすい分子を設計するストラクチャーベースドラッグデザイン(SBDD)といった手法があり、計算化学/分子モデリング、ケムインフォマティクス関連の各種ソフトが用いられる。

 さらに、創薬ターゲットの情報を得るためには、生体サンプルを対象にした分析技術が重要で、その大量のデータから重要な知識を抽出するためにバイオインフォマティクス系のシステムが活躍している。

 また、開発分野は、候補物質が絞り込まれ、非臨床試験から臨床試験を経て、新薬の製造承認申請に至る、10年近くにもおよぶ長期間にわたる業務を支援するための各種ソリューションが存在する。ここは法規制が支配する領域でもあり、規制にのっとったかたちで業務を適正に遂行することが重要になるが、それらGLP/GCP/GMPなどの業務システムは厳密にはCCSの範ちゅうに含まれない。

 ただ、電子実験ノート(ELN)など、もともと創薬分野の知識情報管理を目的としたシステムが開発分野にも応用領域を広げるにともない、最近では開発分野のソリューションにも進出するCCSベンダーが増えてきている。

 一方、材料科学系は、原子・分子レベルで材料特性を予測するモデリング/シミュレーションシステムが中心。計算理論の進歩とコンピューターの高速化により、ここ4〜5年で実用性が急速に高まってきている。主な用途は半導体・電子材料や自動車用材料で、この分野の材料技術は世界的にみても日本が強いため、市場としても今後の成長が期待される。

 こうした材料研究の最先端は微細なナノスケールの世界に迫りつつある。逆に言うと、国際競争力のある新材料を開発するためには、研究対象を微視的にとらえ、ナノ領域での物質の挙動、発現する特性に注目せざるを得ないわけだ。

 こうした背景のもと、CCSnewsの調べによると、2012年度の国内CCS市場規模は約338億円で、前年度に対し3.6%増と推測される。生命科学系はモデリング/シミュレーションが堅調だったことに加え、ELNの導入も引き続き前進してた。

 別図の市場推移のグラフで、2007年度のピークは材料科学系の成長に牽引されたものだったが、自動車やエレクトロニクス産業が主要ユーザーであるため、いわゆるリーマンショックの影響でここ数年は下降線をたどった。しかし、やはり材料開発は日本の産業競争力の源泉であり、経済の回復にともなって、2013年度は確実に上向くと予想されている。

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 さて、ここ数年、一般のICTをめぐる話題としては、クラウドやモバイルが重要なキーワードとなっている。最近では社内に導入する通常のシステムを「オンプレミス」と呼び、クラウド上で動作しているシステムと区別する場合が多い。そして、クラウドとオンプレミスのシステム基盤を共通化し、アプリケーションが実際にどちらで動いているかをユーザーに意識させないスタイルが主流になりつつある。

 研究分野のシステムは企業秘密を多く扱うため、かつてはクラウドは受け入れられないのではないかとも考えられたが、ここにきてその情勢に変化がみられる。ほとんどのクラウドデータセンターはセキュリティを重視しており、企業内のシステムよりもむしろ安全性が高いともいえる。日本においては、東日本大震災をきっかけとして、災害対策の観点でクラウドに注目する企業もあるなど、社内の重要なデータをクラウドに預ける不安はかなり薄らいできているのが実態だろう。

 実際のCCSのクラウド対応は、ELNが先行しつつある。近年の新薬開発は、大学やバイオ企業、CRO(臨床開発受託企業)などとのグローバルなコラボレーションが必須となっており、その情報基盤として世界中どこからでも接続でき柔軟な運用が可能なクラウドが適しているためだ。中堅製薬メーカーやCROにはオンプレミスでのELN導入は負担が重いが、クラウドならコスト的に敷居が低いという事情もある。

 それに加え、モデリング/シミュレーションでのクラウド利用も、今後は大きく進みそうだ。これは、社内だけでは不足しがちな計算資源をクラウドから調達して補うというニーズ。スーパーコンピューター「京」に代表されるように、大規模なシミュレーションが注目されているが、企業がそうした超高速計算環境を社内に整備することは難しい。大きな計算をしたいときに随時、クラウドデータセンターを活用しようというわけで、欧米では実際に事例も増えている。

 一方、昨年来、モバイル用途のタブレット端末で動くCCSソフトの登場が目立っている。いまのタブレット端末のグラフィック能力は10年前のワークステーションレベルであり、美麗な分子グラフィックスを手元で自由に操作することが可能だ。グラフィックだけなら無償でダウンロードできるものもあり、構造式を作図できるものでも1,000円そこそこで手に入れられる。

 いまは「おもちゃレベル」という声もあるが、実際にデモを見て触ってみれば多くの人がひきつけられるのは事実で、そのユーザー体験は斬新である。モバイル性を生かせば、実験室など場所を選ばずに使用できるため、ユーザーインターフェースとして大きな可能性を秘めているといえよう。


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