2015年夏CCS特集:総論 市場動向

研究基盤として科学技術の発展支える、2014年度市場397億円/5.9%増

 2015.06.25−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、化学物質を対象にした研究開発を支援するシステムとして、ライフサイエンスとマテリアルサイエンスの両分野で科学技術の発展を支えている。ミクロ/メソ/マクロスケールのモデリング&シミュレーションシステム、物質の構造や特性に関するデータベースを基盤にしたインフォマティクスシステム、さらにそうしたアプリケーションを連係動作させるプラットホーム技術など、数多くのベンダーが多彩なソリューションあるいはサービスを提供してきている。ここ数年は、景気後退や震災などの影響を徐々に脱し、企業などの研究開発投資も全体として回復基調にあることから、CCS市場も着実な成長軌道を描いている。

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◆◆<生命科学> ELN市場が第2段階へ、非製薬業向けなど焦点◆◆

 ICT(情報通信技術)は、いまや最も重要な社会基盤であり、企業活動のあらゆる側面がICTなしには回らなくなっているのが事実。同様に、研究開発においては、CCSがまさに基盤技術となっている。コンピューターを使わずに研究するなど、もはやありえないとだれもが認めるだろう。

 CCS市場も、歴史的にはいくらかの曲折を経ながら、ここ数年は安定した成長傾向をみせている。CCSnewsの調べによる2014年度の国内市場規模は約397億円で、前年度に対し5.9%ほどの成長を示したと推定される。これは、おもに研究領域で利用される各種ソリューションを開発・提供している主要ベンダーの売り上げの推移をもとにしたもの。各社の取り扱い製品の中心ジャンルの違いで多少の変動はあり、2013年度ほどの伸びはなかったものの、大きく売り上げを落としたベンダーはほとんどなかった。

 昨年度でとくに注目されたのは、電子実験ノートブック(ELN)の動きだろう。理化学研究所などを舞台に一連の研究不正疑惑が発生した影響で、実験ノートの存在が一般にまで広く認知されたため、こうした疑惑をもたらさないための解決策として、ELNがにわかに注目を集めたのである。事件の直後には、各ベンダーのもとに問い合わせが殺到したといわれる。

 しかし、結果的にはそれほど大きな需要にはならなかったようだ。その要因は、既存のELNがオーバースペックかつ高額すぎたため。そもそも、実験ノートは米国の大手製薬企業の知財対策のニーズから発達したもので、特許を巡る訴訟に対応するためにその記述内容や記述方法には厳格なルールがある。電子化されたELNが登場し、近年では研究を効率化するツールとしての側面が強調されているものの、システムのつくりとしては当局の各種規制にも対応できる強固な構造を持っている。

 このため、製薬業以外のユーザーにとってはややオーバースペックとなるのであり、そのぶんだけ高価になってしまう。ただ、今回の事件を通し、製薬業以外にもELNのニーズ自体は確実にあることがわかったことには大きな意味がある。

 加えて、製薬業向けの本格的なELNも、新規化合物を生み出す化学合成部門だけでなく、生物部門や製剤部門、品質管理部門など、活用範囲を広げていくことでまだまだ市場開拓の余地を残している。

 その意味で、ELN市場は今後、第2ステージに入るといえそうだ。第1ステージは、パイオニアとなった少数のベンダーが製薬会社の化学合成部門を押さえてほぼ決着した。これに対し、第2ステージは製薬研究の他部門への展開を図ることと、非製薬業への導入を狙いとすることにより、参戦するベンダーの数も一気に増えてきている。

 とくに注目されるのは、クラウドベースの簡便・安価なELN製品である。実験記録を付けるノートとしての自由度も高いため、幅広い業種で活用することができる。クラウドサービスであるため、すぐに使用開始することができ、料金も手ごろなものが多い。一定期間だけの利用も可能なため、プロジェクト単位で共同研究のために活用する例もある。

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◆◆<材料科学> 初心者向けサービス活況、ビッグデータ/AIに注目◆◆

 一方、材料科学領域も順調な推移をみせている。自動車材料や電子材料関連の研究テーマが多いため、いわゆるリーマンショック後に一旦は市場が縮小したが、ここ数年はユーザー側の投資も回復傾向をみせている。

 材料科学においては、孤立した原子や分子をいくら計算しても、それらの大規模集合体である“材料”の特性を予測・解析することはできないため、計算モデル自体を大規模・複雑化させていくことが必須であるが、それにはコンピューターの処理速度の限界という大きな壁があった。その意味で、スーパーコンピューター「京」など、高速な計算環境が民間にも開放されたことでニーズが盛り上がってきている。

 この分野は、先端ではかなり高度な計算が行われているが、逆に計算化学の初心者も多い。いままで、研究にシミュレーションを取り入れてこなかった分野にも計算化学への関心が広がってきているためだ。

 こうした新しいユーザー層をとらえ、最近では初心者向け講習会を開催して多くの参加者を集めるベンダーが多い。また、計算を受託するサービスやコンサルティングを提供するビジネスも活況を呈している。ユーザーの期待度が高いうちに、計算の有効性をはっきりと示せるかどうかが、材料設計向けCCSの緊急の課題だといえるだろう。

 このほか、材料開発分野で今後大きな動きになりそうなのが、計算化学ではなくビッグデータ解析の手法を活用した“材料インフォマティクス”である。これは、2011年に米国のオバマ大統領の旗振りでスタートした「マテリアルゲノムイニシアチブ」に端を発したもので、今年7月から国内でも物質・材料研究機構(NIMS)がプロジェクトを正式スタートさせる。

 自然科学研究の方法論は、第1に実験、第2に理論で、以前はこれが両輪といわれた。これに第3として計算が加わり、いまでは3本柱となったが、材料科学は対象となる物質の組み合わせが膨大であり、それぞれのわずかな組成の変化が材料全体の特性を大きく変えてしまうため、実際の研究現場ではいまでも経験的なアプローチが主流。

 材料を設計することを考えた時、最も知りたいのは物性や特性を予測することだが、残念ながら現在のレベルでは第1から第3の科学的手法はいずれも十分な有効性を発揮できていない。そこで、データを第4の科学とし、ビッグデータを使ったデータ駆動型のアプローチで“予測”に迫ろうというのが、材料インフォマティクスの基本的な考え方である。

 とりわけ、大きな期待を集めているのがディープラーニングなどの新しい人工知能(AI)技術だ。1980年代後半に爆発的なブームとなったニューラルネットワークの延長線上にある技術だが、当時は本格的な産業応用には至らなかったものの、現在は超大規模な並列多重処理が可能になったことにより、当時では考えられなかったような大きな成果を生み出しつつある。例えば、自動車の無人運転を可能にしているのがこのディープラーニングで、数十年のうちには人間を超える知性が生み出されるとまでいわれている。

 ビッグデータを利用した学習によってこうしたことが可能になるわけだが、こうしたAI技術や材料インフォマティクスが材料開発現場(当然ながら創薬研究に適用される期待もある)に何をもたらすのかはまだよくわかっていない。現時点では期待先行の感があり、肯定派と懐疑派の真っ二つに分かれているのが実態だ。

 ただ、実験も理論も計算も、材料インフォマティクスに活用できるビッグデータを生み出しているわけで、4つの科学が融合して大爆発を引き起こす可能性は十分にあるだろう。とくに、実験と計算はますますハイスループット化されており、そこから出力されるデータ量は膨大だ。材料科学向けCCSの活躍の場もますます広がると期待されよう。


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