CCS特集2017年夏:総論 市場動向

連携・共有で研究開発にデジタル革新、2016年度市場規模415億円/5.4%増

 2017.06.21−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、ここ数年順調な拡大を続けている。生命科学分野と材料科学分野に大きく分かれるが、どちらの市場でも需要が伸びている。その背景には、デジタル革新が社会のあらゆる分野で進み、研究現場においても情報の統合化と共有化が進展してきたことがある。かつては、理論と実験が科学技術を支える2本柱だったが、これに第3、第4の柱として、“計算”と“データ”がしっかりと位置づけられるようになってきた。一方で、“オープンイノベーション”と称して、研究開発を複数の組織が連携して分業型で進めるスタイルも一般的になりつつあり、情報システム基盤も組織内(企業内)から組織間(企業間)へと広がる中で、統一的なプラットホームの重要性が高まっている。シミュレーションも、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)技術の進歩とともに複雑化・高度化の一途であり、CCSが今後もますます発展することは間違いない。

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◆◆生命科学系:電子ノートなど基盤系拡大、クラウドが急速に浸透◆◆

 CCSは、医薬・化学・材料分野の研究開発を支援するためのIT(情報技術)ソリューションで、計算化学に基づくモデリング&シミュレーション、研究情報を管理するケムインフォマティクス/電子実験ノートブック、生命情報を解析するバイオインフォマティクス、研究情報を調査するためのデータベースサービスなど、さまざまなシステムが含まれる。

 こうしたCCS関連の各種ソリューションを開発・提供している主要ベンダーの売り上げの推移をもとにした2016年度のCCS市場規模は、CCSnews調べで約415億円。前年度に対して5.4%成長したとみられる。昨年は、全体的に好調なベンダーが目立ったが、ユーザー業界の投資意欲も堅調。とくに、研究開発環境のデジタル化を推進するためインフラ関係への投資が多く行われ、そうしたプラットホームを提供するベンダーの売り上げが好調に伸びた。

 生命科学市場は、創薬研究に利用するモデリング&シミュレーションシステムと、研究開発の情報基盤となるインフォマティクスシステムなどがメイン。前者は計算化学の進歩と表裏一体の関係にあり、ソフトの多機能化・高機能化が著しいが、それぞれのソフトも歴史を重ね、ある意味で成熟化してきているのが現状だ。機能の点では、ベンダー間に大きな差異がなくなってきており、複数のベンダーの製品を使用していたユーザーの中にベンダーを統一しようという動きも出てきている。こうした傾向をうまく先導して業績を伸ばしているベンダーもある。ただ、年間ライセンスでの契約が主流になっているため、ビジネス的には安定しているベンダーが多く、その意味でも市場は成熟期に入ってきているといえるだろう。

 一方、インフォマティクス市場は、化合物情報管理システムの登録・参照系の更新を中心としたいわゆる“ポストISIS”で大きな動きがあった。ISISは米MDL(現ダッソー・システムズ・バイオビア)が1990年代に発売した製品で、昨年7月にサポート期限を迎えたもの。IT環境自体が当時とは大きな隔たりがあるため、ユーザーニーズを満たしつつ、現代的なIT環境に適合させることを目的に、ベンダー間でリプレース合戦が繰り広げられた。結果的には大きな投資を誘発し、昨年の市場規模を押し上げる要因として働いた。

 インフォマティクス系CCSは、もともと探索研究領域の情報管理を中心に据えたものだが、研究開発のデジタル革新が広がるのにともない、非臨床、臨床、分析、製剤などの開発領域にまでつながるトータルプラットホーム化が進展してきている。開発領域は、法規制に対応したGxPシステムとして、研究領域とは異なる要件があり、CCS市場とは別のベンダーがプレイヤーとなっているが、その境界は確実に接近しつつある。少なくとも、臨床データをAI(人工知能)/機械学習に利用しようという動きがあり、データ解析基盤としてCCS領域とGxP領域を連携させるベンダーも出てきている。

 GxP関係では、クラウドの採用が急速に進んでいることも見逃せない。システム的にはERPなどの業務システムと変わらないため、ITの主流となるトレンドの影響を強く受けるからだ。すなわち、オンプレミスからクラウドへという流れであり、クラウド事業者も、GxP特有の要件に対応する努力を払っている。自前のデータセンターよりも安全性が高く、管理コストも安く、柔軟な運用が可能なことから、すでに多くのGxPシステムがクラウドで利用されている。

 電子実験ノートも同様の傾向だ。創薬研究データを扱うため機密性が高く、オンプレミスで運用されることが普通だったが、これも多くがクラウドへ移行しつつある。また、クラウド専用の電子ノート製品も相次ぎ登場してきている。初期投資ゼロで短期間に立ち上げることができるため、オープンイノベーション方式で外部機関とデータ連携・データ共有するうえで最適の選択肢になると注目されている。今年から来年にかけては、クラウド型電子ノートの競争が激しくなりそうだ。

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◆◆材料科学系:計算とMIが両輪に、自動車・電子材料へ展開◆◆

 材料科学市場は、量子化学や分子動力学に基づくシミュレーションが中心だったが、データ駆動型の新しい材料研究基盤として注目されている“マテリアルズインフォマティクス”(材料インフォマティクス、MI)への取り組みもあり、市場全体が盛り上がってきている。

 材料の構造や組成から機能・特性を計算で予測するのが材料シミュレーションの役割だが、MIは望ましい機能や特性を持つ材料の構造や組成を予測しようというもので、アプローチがまったくの逆。データをもとにこの逆問題を解こうというのがMIのポイントである。ただ、シミュレーションとMIは対立する関係ではなく、将来的には補い合ってそれぞれに発展を遂げることが期待されている。

 というのも、現時点ではMIを実現するためのデータ量が圧倒的に不足しているのである。実験的な方法でも多くのデータを集めようとしているが、それだけでは足らず、シミュレーションでデータをつくり出す試みに注目が集まってきている。量子化学計算で材料の電子状態を解析し、それをデータとして蓄積。さらにその大量データを活用することで、逆問題の回答を提示できるAI(人工知能)的なエンジンを構築しようとしている。シミュレーション技術が進歩すれば、計算できる系も広がり、それだけ多くのデータを得ることができるようになる。シミュレーションとMIが両輪となることで、材料開発に革新がもたらされる可能性がある。

 また、材料研究におけるデータ整備が遅れているため、電子実験ノートをこの分野に活用しようという動きも出てきた。ラボの分析・測定装置と連携して実験データを自動的に収集・整備するとともに、研究データをきちんと管理し、共有・再利用する習慣を根づかせようという意図があるようだ。

 材料研究に限った話ではないが、大学や研究機関において最近、研究者倫理の向上が課題として取り上げられており、論文などの研究成果に疑念が示された場合、研究者の責任において実験記録・証拠を提示して疑いを晴らすことができなければならないとされている。研究不正を未然に防止するための情報管理ルールの作成を急いでいる大学などもあるが、費用の問題もあってなかなか進んでいないのが実態だという。こうした問題にも電子ノートが解決策となる。発明の証拠として知財を守るという観点もあり、電子ノートは今後、幅広い市場に展開していくだろう。とくに、柔軟で低コストなクラウド型電子ノートがますます勢力を拡大すると考えられる。

 一方、材料シミュレーションは、「京」や「TSUBAME」といった公的機関のスーパーコンピューターが産業界にも開放されたことで大きな発展を遂げてきた。すでに、ポスト「京」の開発を目指す「フラッグシップ2020プロジェクト」もスタートしており、そのアプリケーション分野の重点課題にCCS関連のテーマがいくつも含まれている。これらスパコンでの最先端の解析成果が刺激となり、材料シミュレーションの裾野を広げた功績も評価できるだろう。

 実際、これまで計算化学に関心がなかった企業が、新たに量子化学計算に取り組もうとする傾向も目立っている。公的なスパコンで動作するソフトは国産プログラムが優先されるようだが、市場には外国製のシミュレーションソフトが多く流通しており、導入も活発化している。CCS市場全体では、生命科学系よりも材料科学系の方が伸び率はずっと大きい。

 計算対象は、自動車関連材料や電子材料関連が中心。自動車分野では高分子材料や複合材料のマルチスケールシミュレーションで、原子・分子のミクロレベルから、分子集合体やメソ構造の解析、材料特性が明確にあらわれるマクロ領域までを連成させて解析する手法に注目が集まっている。また、電子材料分野では、物質の界面などにおける反応機構をミクロレベルで精密に解明しようというようなテーマが多い。

 こうした研究が活性化するにともない、新たに計算化学に取り組むユーザーはもとより、計算スタッフを増員・強化しているところも多いため、教育のニーズが拡大してきている。そこで、ベンダーが主催する講習会、とくに実際にパソコンを使用するハンズオン形式のものが非常に盛況だ。ここへ来て、講習会活動に力を入れるベンダーは確実に増えている。


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