CCS特集2023年冬:第1部総論(業界動向)

「自動化」でデータ駆動型研究を加速

 2023.12.05−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬品開発や化学・材料研究を支援するデジタルソリューション。近年、データ駆動型の研究開発に注目が集まるのにともない、ラボの自動化を目指す流れが鮮明になってきた。根底には、データを収集し、蓄積・管理・共有化し、解析を行うことによってデータの有効利用を促進したいという考え方がある。すでに、電子実験ノートなどを使い、データプラットフォームの基盤整備を行う動きはあったが、データを生成する源ともいえるラボ内の各種機器をまとめ、データ取得から活用までの流れを自動化するソリューションに注目が集まってきている。また、実験そのものも自動的に行い、ハイペースでデータを生み出そうという取り組みも目立ってきた。さまざまな“自動化”で、データ駆動型研究を加速する動きは、来年に向けてさらに強まるだろう。

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◆◆ラボ内の各種機器を統合、注目集めるAI系ベンダー◆◆

 CCSは、医薬や機能材料の分子構造・結晶構造などを設計し、その特性や物性を計算・予測するモデリング&シミュレーション(M&S)系のシステムと、合成した物質の化学構造を登録し、評価試験などの実験データを含めてデータベース(DB)化して管理するインフォマティクス系のシステムに大きく分かれる。データ駆動型研究を志向するトレンドはその両方に影響しており、“現実世界”から実験などで得たデータだけでなく、M&Sで導き出した“仮想世界”のデータを機械学習に利用する戦略もすでに一般的になりつつある。計算データを多く得るために、計算手順を自動化する技術が注目を集めていて、自動的に計算結果をためていくことが可能になってきている。

 また、量子化学に基づく高精度計算はそれ自体時間がかかるため、計算時間を短縮することを目的に機械学習を使用する技術も話題の的だ。これは機械学習力場(MLFF)または機械学習ポテンシャル(MLP)などと呼ばれており、量子化学計算結果を学習させ、計算コストの低い分子力学計算用の力場にすることによって量子化学レベルの計算精度を短時間に得ようというもの。主な目的は計算データを多く取得することである。

 この分野ですでに実績があるのが、Preferred NetworksとENEOSが合弁で設立したPreferred Computational Chemistryで、「Matlantis」の名称でクラウドサービスを提供中。これはベンダー側が用意した力場を使うが、アドバンスソフトはMLFFを自分で作成するためのツールを「Advance/NeuralMD」として提供している。量子化学計算を自動的に実行し、力場を生成する機能を有している。海外の製品では、モルシスが提供している「MedeA」がある。こちらは学習済みのMLPと自分でMLPを作成するツールの両方を備えている。さらに、量子化学計算を走らせながら自動的にパラメーターフィッティングして、MLP作製をオンザフライで行う新機能も追加されたということだ。

 一方、インフォマティクス系のシステムはデータ活用の基盤となるため、電子実験ノートを中心に導入が活発化している。蓄積・保存したデータを機械学習に活用する仕組みは、すでにどのインフォマティクス系ベンダーも提供済みだ。それに加え、ここへ来て目立っているのが、ラボ内の各種機器をデータプラットフォームに接続・統合化する“自動化”である。これに取り組むベンダーが増えている。

 ラボ内のネットワーク化によって機器データを統合管理することは、LIMS(ラボラトリー情報管理システム)としてかなり以前から行われている。ただ、これは実験・分析機器側が主体となった動きで、メーカーが異なる機器とはつながりにくく、データのサイロ化に陥りやすいという問題点があった。そこで、どのメーカーのどのような機器とも接続でき、クラウドをベースにラボ内のデータワークフローを自動化できる次世代のソリューションが求められたということになる。実際、このような環境がなければ、データ駆動型研究をスムーズに行うことは難しい。

 具体的に、電子ノートで大きなシェアを持つパーキンエルマーは、今年から新生レビティとして活動しているが、新しく米Scitara(サイタラ)と戦略的パートナーシップ契約を結んでいる。サイタラが提供するiPaaS(サービスとしてのインテグレーションプラットフォーム)は、電子ノート「Signals Notebook」とラボ内の各種機器を接続するハブとなり、メタデータを含む生データを自動的に集めてノートに登録する機能を持っている。ブルカーのSciYにも実験データの自動化と人工知能(AI)対応のデータ管理を行う「Mestrelab」、プロセス分析技術(PAT)によりラボと製造のQC(品質管理)プロセスを自動化する「Optimal」があり、ブルカー製の核磁気共鳴装置(NMR)だけでなく、他社の質量分析計(MS)や赤外線分光計(IR)も統合して、電子ノートの「Arxspan」と連携できる。

 また、ドットマティクスも、電子ノートなどのプラットフォームと連携できる「BioBright」をグループに加えている。MSやハイコンテンツイメージング、プレートリーダーなどさまざまな実験機器からデータを自動的に収集するクラウドサービスで、テラバイト級のデータを暗号化して転送することができる。ダッソー・システムズのBIOVIAも、「ONE Lab」「Unified Lab」として、同様のコンセプトを打ち出している。

 他方、ここ数年はAIや機械学習の技術を持つスタートアップがCCS領域で活動する傾向も目立つ。AI創薬やマテリアルズ・インフォマティクス(MI)がその対象で、以前は日本の化学・製薬会社が海外のスタートアップにアプローチするケースが多かったが、最近は日本のスタートアップに注目する例も多くなっている。そうしたベンチャーの中には最初から医薬や化学の専門知識を持つところもあるが、そうではなく純粋にデータサイエンスに特化した企業も少なくない。それだけユーザー側が真剣であり、高い技術を求めているということだろう。とくに日本の化学産業・機能材料産業は世界的にも技術の優位性を維持しているといわれるが、AIを利用したデータ駆動、研究のデジタル化を進めなければその立場を失うという強い危機感があるように思われる。

 いまのところ、設立から10年程度のベンダーが多いようだが、これからも国内からユニークな技術を持つスタートアップが次々に登場するとみられ、これらとのコラボレーションはますます活発化するだろう。

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◆◆海外大手は売上増加、対面ユーザー会で交流活発◆◆

 さて、CCS関連市場の最近の状況を、株式公開している海外ベンダーの状況から探ってみよう。まず、シュレーディンガーは2023年度第3四半期(今年9月期)までの業績を発表している。9カ月間の売り上げは1億4,254万ドルで前年同期比14.8増。このうち、ソフトウエア製品とサービスは9,046万9,000ドルで同3.1%増、創薬事業が5,207万1,000ドルで同43.2%増と大きく成長している。この時点で、ソフトウエアの成長率は前年よりも低いが、年末までの通年では15〜18%の範囲になると予想している。

 また、医薬品の安全性と有効性のためのM&Sベンダーである米シミュレーションズプラスの2023年度(今年8月期)決算は、売り上げが5,957万7,000ドルの前年度比10.5%増。内訳はソフトウエア収入が3,651万7,000ドルの同11.9%増、コンサルティングなどのサービス収入が2,306万ドルの同8.4%増となった。同社はグローバルの地域別売上高も公表しており、アメリカ大陸が4,080万ドル(同8.2%増)、欧州・中東・アフリカが1,170万ドル(同12.5%増)、アジア太平洋が700万ドル(同20.7%増)という結果だった。2024年度についてもさらに成長し、10〜15%増の6,600万〜6,900万ドルの収益を見込んでいるという。

 次に、レビティの決算もみてみよう。2023年度第3四半期(今年10月期)の業績が発表されている。CCS関連のソフト製品を取り扱うシグナルズソフトウェア事業部を含むライフサイエンス部門でみると、売り上げは9カ月間で9億7,264万9,000ドルで、前年同期比2.9%増。このうちの15%ほどがソフト事業だとみられている。なお、レビティ全体の売り上げは同20億5,470万ドルとなっており、通年では27億2,000万〜27億4,000万ドルに達すると予想している。

 海外ベンダーの状況からすると、CCS関連市場はおおむね好調とみることができるだろう。一方、国内ベンダーも今年は順調なところが多い。海外の製品を輸入販売するところが多いため、円安の進行で価格修正が行われており、ユーザーのコスト的な負担は大きくなっていると思われるが、需要が減少している様子はない。

 新型コロナウイルス感染症がいわゆる5類に移行したことで、CCSベンダー各社の事業活動はほぼ正常化し、学会や展示会もリアル開催がほとんどとなってきている。コロナ禍でコミュニケーション手段としてのオンラインツールが定着化したため、セミナーなどは参加しやすいリモート方式がまだ多く、対面での営業活動も以前よりはやや減少しているようだが、ネットワーキングの意味合いもあるユーザー会などはリアルでの開催が主流となってきている。

 それでも、今年秋に行われた各社のユーザー会のリアル出席状況を観察すると、やはりコロナ以前よりはやや少なめの印象である。ただ、会場内でのユーザー同士の交流は以前よりも活発に感じられる。コロナ禍の空白期間を経て、対面での情報交換の意識が強まったともいえるだろう。少なくとも、ベンダー側がこうした機会を設けることは重要であり、ユーザーにとってもメリットが多い。来年以降はさらに盛況になることを期待したい。


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